パロディの詩

(3/25)茨木のり子という人の「わたしが一番きれいだったとき」という有名な詩のパロディを書いてみました。

私が一番きれいだったとき
森が灰色の道に変わり
しらじらとした空に
小鳥のさえずりを聞いた

私が一番きれいだったとき
人々はバスに乗って去り
私は部屋の窓を閉ざして、
2枚のワンピースをかわるがわる着ていた。

私が一番きれいだったとき
トラックが壁を揺する部屋で
遠くの国の戦争のニュースを
ラジオで聞いた。

私が一番きれいだったとき
石畳の上を歩き続け
ハイヒールの傷みを忘れたころに
懐かしい男に出逢った

私が一番きれいだったとき
変わり果てた森に戻って
インターネットも知らずに
詩を書き始めていた

ペーパークラフトのお城

ペーパークラフト部屋を片づけてたら、こんなのが出てきました。シュウクリエィション社のペーパークラフトで10年以上前のものです。画像には、ドイツのノイシュバインシュタイン城が大きく載ってますが、これはパッケージの裏側に印刷されたシリーズ紹介の画像で、ノイシュバインシュタイン城のペーパークラフトが欲しかったけど、もう売ってなかったので、違うのを1つだけ買ったのでした(2000円)。

ここで、ふとネット検索したら、見つけました。
キヤノン-ペーパークラフト|ドイツ ノイシュヴァンシュタイン城
これ、無料なんですね。
すぐ作りたいわけじゃないけど、ダウンロードして保存しておきました。

ついでにもう1つ発見。
paper.sanwasupply.co.jp のペーパークラフト「ドールハウス一覧」
『週刊マイ・ドールズハウス』を買えなかったので、こういうのは嬉しいですね(*^o^*)

★ネットで入手できるペーパークラフトは、自分で画用紙にカラープリントして作るわけです。プリンタの縮小印刷の機能を使えば、いろんなサイズに作れます。鉄道模型のサイズにもできるかも。

球春

プロ野球パリーグ開幕。まだお彼岸も明けてないのに、早いですね。
鳩子は子どものころの野球マンガの影響で、ジャイアンツびいきでしたけど、今は関心はありません。何日か前の新聞で、ジャイアンツのオープン戦のメンバーをみると、
1番・高橋由 2番・谷 3番・小笠原 4番・李 5番・ゴンザレス 6番・阿部 7番・外人 8番・小坂 9番ピッチャーで、
おどろいたことに……、生え抜きは高橋と阿部の二人だけでした。
でもふだんの買い物も地元の商店街の店じゃなくて、よそから来た大型店で買うことが多いですから、それと同じだと思えばいいわけなのでしょうか。ちょっと違うような気もしますけど、違いを説明するのはたいへんです

やおいとオタク

なんとなく杉浦由美子著『腐女子化する世界』という本を読んでみました。
腐女子という言葉について説明しますが、つまり「やおい」とかボーイズラブのコミックや小説が大好きな若い女性たちのことで、自分たちのことを自嘲してそう呼ぶのだそうです。
ボーイズラブというのは、美少年どうしの同性愛のストーリーなのですが、なまなましいものではありません。作り手も女性たちです。
「やおい」は既存のコミックなどの少年キャラクターを組み合わせて二次的なストーリー(同性愛)に作ったもので、同人誌などで出まわっていて人気があるようです。手塚治虫の『バンパイヤ』に登場するロックとトッペイの二人の少年をラブストーリーに描いてる人のサイトで、短いストーリーのものを見たことがありますが、絵柄も手塚調のしっかりしたものでなかなか面白いものでした。

Wikipediaの「やおい」の項目を見ると、社会学者たちのいろんな論説があるようですが、ちょっと的外れな感じのもあるかもしれません。恋愛ストーリーとしては、昭和初期の吉屋信子の少女どうしの友愛物語に感じられる同性愛的なものの系譜にはあるのでしょう。少年と少女は同質のものなのですから、やおいの本質は少年どうしに置き換えただけの「異性愛中心主義」であるか否かとかの論議をしてみてもしかたないでしょう。なまなましさに慣れた大人からは見えないかもしれませんが、思春期の羞恥心はさまざまな迂回路を通って性愛とも違うような表現形態を得てしまいますし、そのときの後ろめたさを和らげるために残りの人生を生きてゆくような、決して消えない記憶のありかたの問題のです。

既製の物語を読んで結末が不満であるとかにこだわるのは女性のほうが多いと思います。「やおい」の語源は「山なし、落ちなし、意味なし」だそうですが、既製の作者が意図した物語の山や谷の地図が、読み手には少し違う地図に見えることはよくありますから、谷が山に見えれば別のストーリーが展開します。同じ地図に見えたら感想も同じになって面白くありません。
腐女子の人たちは、女オタクという認識をされているようですが、男性のオタクと違う点は、孤独に一人だけで楽しむ傾向は少ないような感じ。

で、本のことですが、自分探しとか自己実現とかいって女性誌にあおられて競争するのはもうやめにして、同好の仲間と趣味に生きる(腐女子化する)のが良い、という感じだったでしょうか。それが「落ち」だったと思いますが、そういう「落ち」よりも、心地よく一気に読めるところが魅力の本なのかもしれません。

ジェンダーの彼岸

ジェンダーというか、男らしさとか女らしさとかについての葛藤やら煩悩やらの超越した地点(それを彼岸と表現してみます)のことを、ぼんやり考えます。

戦争にあけくれた20世紀以後は、社会の男らしさは大きく変わらざるを得なかったと見ます。他の時代も戦争は多かったかもしれませんが、徴兵制度のような組織化された軍隊に特徴がある時代でした。官僚組織は軍隊組織と同じものですが、社会組織のすみずみまで官僚組織のようになっていった時代の男らしさは、男性本来の一匹狼のような存在を認めなくなりました。一人一人が監督となって物を作るという男性らしさも軽く見られますし、男性が美しくなくても良い時代にもなってます。歌を忘れたカナリア状態という感じ。

女性らしさもそういう社会の影響は受けるのですが、組織に関わる程度が低いので、比較的変化は少なかったと見ます。現代風の男性らしさは、社会組織によってからだにたたきこまれることが多いのに、女性らしさは時には教養のように言葉で語られることが多いというのもあります。
女性らしさとは何かというと、調和の力とか、伝承すること、周期的なリズムとかいうものなんでしょうね。周期的なものの代表は月の周期ですけれど、揺り篭のリズムもありますし、季節や時間を敏感に察知して、この道はいつか来た道なんていう感じで、それなりに進歩を確認できることもあるかもしれません。

そういう女性らしさに男性も少し近づいてみるのも良いかも。これからも社会の技術の進歩は続くのでしょうけど、文明の進歩は続くとは限りません。男性の中の女性らしさを排除してきたのが20世紀だったような気もします。男性にとっての伝承行為は、直接の師弟関係によるものだったのでしょうけど、そういうのはもう望むべくもない世の中になってるみたいですし。
タイトルは看板倒れでした。

上弦の月

小学校2年生のときの理科の試験で、けっこう成績の良かった女の子が、半月(上弦の月)が出る方角を間違っていたのが不思議でしかたありませんでした。夕方に見える半月は南の空に決まっています。空を見ていればわかります。でもぼんやり見ていただけでは、記憶に残らないのかもしれませんね。
こういうのを男子が得意な?空間認識というのでしょうか。形の微妙な違いを見わけるのは女子が得意?かもしれませんが、でもそういう問題ではなく、普通の観察力のことなのかも。
子どものころよく見た月は、南の空高くのぼる上弦の月か、それに近い月でした。半分の形をしてるところが、空を横に歩いているような感じにぴったりです。大人になって夜更かしをするようになると、窓の外を見ても、半月はもう西に沈んでしまって見えません。

やっぱりオタク?

日本文化というのは本来がオタク文化ではないかという気がします。

スポーツでも、柔道、剣道など、「道」にしてしまうわけです。そこにはとても真面目な求道者たちがいて。マラソンでも、瀬古選手・増田明美選手の時代は、とても悲壮感を感じました。最近はそういう選手は少ないですが、高橋尚子選手のはらはらさせるところは、悲壮感の延長線上のものだと思います。(柔道や剣道のことはわからないのですが)

FtMさんのサイトの中にも、小数ですが、かつてのマラソン選手のような悲壮感を感じてしまう人がいます。「がんばって」としかいいようがないような、でももう少し琴の糸をゆるめてほしいようにも思ってしまうのですけど。
果てしなく努力してゆくさまは、なんとなく「GID道」みたいで……。

MtFのGIDさんのサイトになると、法律オタク、医療オタクという感じもします。でもまだ「道」までは昇華していないというか、普通の職人さんのように、具体的な技術の細かい解説はできますが、普遍的なことを語る言葉がまだ見つからないように見えます。

鳩子のサイトはどうかというと、技術解説はあまりありません。精神論は少しあるかもしれませんが、一筋の「道」のようなものには懐疑的です。ちょうど江戸の若旦那のように、あちこちの芸や道楽に首をつっこんで、批評精神はあるけれど一つもものになりません。でも、あえていえば「茶道」に近いかもしれませんね?。
「道」というのは、どこか自閉的で、広い意味でのオタクの文化のような気がします。

ここからは脱線ですが、
ここでふと「オタク道」という言葉が既に使われているのではないかと思いました。やっぱりありました。
http://www.ne.jp/asahi/otaphysica/on/column01_0.htm このページはすごいですね。オタクとは何かが、とてもわかりやすいです。
でも現代思想のパロディとして笑いながら読むのならいいのですが、あまり真面目にラジカルに走りすぎると、けっきょく何も語らないのがオタクだという自己矛盾に陥ってしまうのではないかと心配です。
純粋なオタクは社会を動かそうとは思わないのでしょうが、普通なオタクは数がまとまってしまう傾向がありますから、社会への影響のことも考えないといけないのでしょう。

名前と、呼ばれかた

あたしの名前は、ホームページを始めるときから「鳩子」になりました。最初の1年くらいは呼ばれたとき慣れない感じがしたのですが、今はもうすっかり慣れました。
その以前は別の名前で、2通りの読み方がある名前でした。どっちで呼ばれても返事をしてたせいか、なんとなく自分にしっくりこないところがありました。やっぱり鳩子という名前がいいですね(ほんとはマ行の音が入ってる名前も好きなのですけど ^^ゞ)。

子どものころ(男の子ですが)小学校6年生まで、家族や近所の人には、ボクと呼ばれてました。幼い子にはよくあることなのでしょうが、こういうのはもっと小さいときに直すべきだったのでしょうね。もちろん学校では違いますし、「ボク」の意味する内容は子供なりに知っていました。でも学校以外では、「ボク」という声がすれば、あたしのことだったのです。近所には自分のことをボクという男子は他にいなかったので、話がこんがらがることもありませんでした。
でも中学生になってから周囲からの呼び方が変わり、自分自身もボクという言葉の使い方がわからなくなって内向的になりました。主語のない会話しかできなかったのですが、男子の大学生のころ女の子の友だちの前でボクと言ったことはあります。その後だんだんワタシとかアタシとかを使えるようになって、いちおうは大人になったわけなのでしょう。
ジェンダーと一人称代名詞

医学の進歩のような話

健康についての人々の考え方が、ある時代から変わってしまったというお話です(上杉正幸さんという人の本を参考にした部分があります)。

1960年代ごろまでの怖い病気の代表といえば、結核やコレラなどの伝染病だったそうです。それらの病原菌に感染していなければ、人は健康なのであって、大多数の人々は自分は健康だと思っていたらしいです。

1970年代ごろから、病気の代表は、ガンや脳梗塞や糖尿病などに変わりました。こういう病気には、はっきりした原因は見つからず、「慢性疾患」などと言われるそうです。原因がよくわからないので、生活環境の中で少しでも健康に危険と思われるものを排除したり、または健康食品にとびついたり、健康神経症のような時代になってしまっています。人々は皆、自分は何らかの病気をかかえていると思うようになり、健康な人は一人もいなくなってしまったかのようです。

高校野球の球児たちは試合に出場するために健康診断を受けるそうですが、昔の診断書には「数日間の競技に耐えられる健康な体であることを保証する」と書かれていたのが、今は「検査の時点において異常のないこと認める」としか書かれないそうです。医学は進歩することによって逆に自信喪失に陥ってしまったかのようです。
禁煙治療というのができて、健康保険も適用されるそうですから、一つの新しい病気が発見されたことになります。病原菌をほぼ駆逐してしまった医学の進歩は、今後も次々に新しい病気の発見に邁進していくのかもしれません。それだけが医学の自信回復ではないとは思いますが。
性同一性障害という病気も、このような時代に初めて発見されたものの一つであるということは、肝に銘じておく必要があるのかも。
けっきょく「病気と上手につきあう」しかないわけなのでしょう。

パソコンの前で

パソコンのスイッチを入れて、画像を整理したり、日記やなにやを書いたり……。その日記というのは、このページのようなの以外のこともあります。
それで、たまにネットを見ます。でもそのうち半分以上は、自分のページを見ている時間です(半分より多いかもしれません)。自分のページを見ながら、小さな修正はちょくちょくしてますが、文章を大きく書き替えるようなことは、そう簡単にはできません。
自分以外のページもある程度は見ます。調べたいことがあればネットを検索します。こちらへよくコメントしてくれる人のブログは、よく見てると思います。1〜2か月に1度、相互リンクのサイトも開いて見ますが、みなさん更新が少なくなってますね。掲示板類は基本的に見ませんが、たまに投稿のときはその最新ページは全部見ます。ほかには、アクセス解析で面白いキーワードを見つけると、検索サイトの検索結果のページへ飛んで、そこから未知の人のページを見ることもあります。
今日はこんな日記でした。本でも読んで違うことを書けば良かったですね♪

3月3日の子供行事

「ひなまつり 起源」を検索したら、群馬県多野郡上野村乙父の「おひながゆ」のことが書かれてるブログが見つかりました。
http://blogs.dion.ne.jp/hon_mono/archives/2915443.html
おひながゆは、月遅れの4月3日の行事で「前日から川原の石で石垣を積み、"お城"を造り、当日朝早くからその中にこたつを運び込み、皆でお粥を炊いて食べるんです。」というお話。男の子も女の子も一緒で楽しそうです。

もっと詳しいページです。
http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=92729
「毎年4月3日に8歳くらいから中学生くらいまでの男女が川原に集まってシロと呼ばれる石囲いを作り、この一隅に壇を作って雛人形を飾り、石で竈を築いて粥を炊いて食べたり、遊んだりする。この地域ではかつて広く行われていた行事であるが、現在は埼玉県小鹿野町河原沢などにわずかに残るのみとなっている。」

なるほど。でも、「野遊びの行事と雛祭りの行事が結びついたものである」という解説の「雛祭りの行事」が何を意味するのか、先入観は禁物です。女の子限定のひな遊びのほうが起源が古いのかどうか、庶民レベルでは「おひながゆ」のほうが古いような気がします。

Wikipediaの「雛祭り」のページは(現在のところ)雛人形のことしか書かれていません。参考になりません。視覚的な鑑賞物という部分しか見ないのは、今の人のおちいりがちな見方です。こういう傾向については前回記事のコメントでも少し書きました。

平凡社世界大百科では「この日の行事は雛人形を飾り祭るものと,山遊び・磯遊びとに大別できる」(田中宣一)とずばり書かれています。雛人形は室町時代から江戸時代の貴族が起源で、山遊び・磯遊びについての起源は不明のようです。「おひながゆ」のことは書かれていませんが、類似の行事は全国にあったという話です。
やはり女の子だけの雛祭りというのは、庶民のものではなかったというべきでしょう。むしろ子供は両性具有的なものとみられてきた歴史のほうがはるかに長いものがあります。

雛祭りは、「桃の節句」とも言われ、桃の花を飾る旧暦3月3日の行事ですから、桃の花の咲くのを待って今は月遅れの4月に行う地方もかなり多いようです。
4月4日を「おかまの節句」とか「トランスジェンダーの日」としても、4月3日が雛祭りの地方では、ぴんと来ませんから、「両性」の3と5を足して8、8月8日でも良いのではないかと……

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