知性と遊戯性

もてる男の条件とは、知性と遊戯性だと、ある人がいってました。
知的な遊び心というのもありますが、遊びやゲームでもあるスポーツの選手が自分を語るときは、その人しか語れないような人生観を語りますし、意外にそれが本来の知性のありかたなのかもしれません。経済ゲームに勝った人の無教養さ丸出しの言葉とは全然違います。

情報が多すぎる時代。オリジナルなものを主張することに無理してこだわらなくても良いのではないでしょうか。男性の好きなコレクションを語るのはどうでしょう。以前、麻丘めぐみファンの人から面白いコメントをいただいたことがあるのですが、ああいう道を極めるのはすごいことだと思いました。コレクションならさまざまな可能性がありますし、集めたものを再構成することの醍醐味なんでしょうね。
ナンバーワンよりナンバーツーではありませんが、日本の古代の邪馬台国では卑弥呼の側に仕えた一人の男性が、最高の男性だった時代もありました。たとえもっと小さな応援団長であっても、かっこいい男性には変わりないと思います。

できあがった人間の社会からみれば、社会を主導して来たのは男性たちですが、男性は本来は反社会的で非組織的なものを志向する存在であり、それを規制する枠組みとして作られたものが社会だったようにも思います。組織からはみだした自分を無価値に思う必要はないと思います。

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コメント

まりっぺ : 2007年2月11日 02:00

フェミニズムって誰のためのもの?
何かアメリカから「輸入」された日本のフェミニズムは曲解されているような気がしてなりません。女性の権利を男性と同等にする方向性は多いに結構ですが、ジェンダーレスに走りすぎ、かえって女をダメにしているような気もします。
それが従来はもてていた男性が、だんだんと女性にもてなくなってしまい、そこで鬱憤がたまっているのかもしれません。
今は男は黙ってどかんとても構えるタイプより、おしゃべりでお調子者な男性が女性からうけがいいようです。
昭和ブームの一因には従来の男らしさ・女らしさというノスタルジーを求めているのかもしれませんね。トランスジェンダーの方もそんな感じがします。

鳩子 : 2007年2月11日 20:30

流動的だったのに
もともと流動的だった性別の「らしさ」ですから、なかなか一筋縄ではいくはずもなくて、
もてた男性はよく言ってましたよね、「女は永遠の謎だ」と。
逆にわかったようなことを言う男や女は、もてたことがないのかもしれませんね。妙に自信過剰なお調子者というのが、これからの世の中の困った存在になってしまうのかも。
昭和ブームもいいかもしれませんね。ちゃんと評論できる人がいればもっと良いかも

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