オタクの時代 1990

17年前がちょうど1990年です。1990年代といえば、91年にバブルが崩壊して、以後は長期不況の時代です。
鳩子にとっては個人的には"遅れてきた春"だったようなところもありますが ^^;、世の中のことに疎くなっていった時代でもありました。

以前更新したこのページ
album/his89.htm
の一番下のほうを見ると、1990年には「オタク」という言葉が定着したようなことがメモしてあります。だんだんオタク化していって、世の中のことから少し距離を置くようになったのかもしれません。1990年代は、ひとことでいえば、「オタクの時代」?。

80年代は、アイドルの時代でしたね。
70年代はどうかというと、「夢があった」なんていうお兄さんもいますが、どうでしょう、大きな時代の転換点だったのでしょうけど、鳩子自身は幼なかったです。

Trackbacks

コメント

まりっぺ : 2007年12月4日 20:58

私がオタクという言葉を知ったのは1979年頃でした。当時はアニメオタクとかはなく、電子部品キッドを組み立てるのが好きな「電子少年」が、気が弱くて友達のことを「おい、おまえはどうなんだ?」と言うところを、「お宅はどうよ?」と言い始めたのがオタクの起源だったと思います。
オタクが本格的にクローズアップされたのが1989年。あの連続幼女誘拐殺人事件の犯人が美少女アニメオタクであったことからでした。そしてオタク=ロリコンという負のイメージがついてしまいましたね。
それから1年もしないうちに、美少女フィギュアを収集するオタクや女装コスプレマニアが出てきて、当時はひどくカルチャーショックを受けたのを記憶しています。。

さと : 2007年12月4日 23:20

私はオタクって言葉に、あまり
悪いイメージがあまりないんですよね・・・

ただし、まりっぺさんが書かれてるように
あの連続殺人の犯人がオタクとかよばれだして・・・

それから
世間一般ではオタクって悪いイメージ?もたれた気が
します・・・

因みに
私の知ってるオタクの人は皆頭もいいし、趣味に没頭してる人、
それをとても楽しんでる人っていうイメージです。

ちょっと羨ましかったりもします^^;

鳩子 : 2007年12月5日 02:02

まりっぺさんは、さすが詳しいですね^^)
最初はアニメファンよりも70年代末の電子少年たちということですね。83年に中森明夫の『おたくの研究』が発表されて、89年のM事件があって、一般の人の日常会話でもオタクという言葉が使われるようになったのが、90年ということなのでしょうね。「世相史」のようなサイトを見て書いてますけど。

美少女フィギュアがそんな前からあったとは知りませんでした。当時はベルリンの壁の崩壊とかイラク戦争とか、自分の頭ではいくら考えてもわからない事件ばかりで、よく整理できないでいます。

鳩子 : 2007年12月5日 02:03

さとさん
オタクが社会に注目されるようになったきっかけが、ああいう事件だったのは、ちょっと残念なのですが、
でも、とくに男性は、オタク的な趣味のある人のほうが面白みがあって良いと思いますね。

私は器用貧乏で、一つのことをキワメルということができないので、純粋なオタクの人はすごいと思います。羨ましいです ^^;

雨庭みどり : 2007年12月12日 00:05

鳩子さん、書き込みは久しぶりですm(_ _)m

17年前、私はまだ ”女装”ということにはほとんど関心を持つ
余裕などなく仕事をしていました。月100時間の残業ペースが
月200時間になったころでしょうかしらん…。消耗するばかり。
でも、踏みとどまって、耐えていました。毎年の健康診断では、
要再検査の印が10項目以上必ず付いていましたね(笑。

それから数年後、私は方向転換します。その線上に、”女装”が
存在していました。自分を取り戻すためのスキームとして…

鳩子 : 2007年12月12日 02:46

みどりさん、こちらこそです♪
最近、「忘れな草紙」で姓名判断のことを書いたのは、「みどりの居酒屋日記」を見たからなんですが、五日市鳩子は意外にも(?)良い名前みたいです。姓名判断で決めたというわけではないのですが、鳩子の場合ときどきラッキーなことに当ることがあります。

若いころは不健康に過ごした時期もありましたね。あまり働くのは好きじゃないので、そちらのほうは心配ないのですが、何かにとりつかれたように夜更かしを続けたり、食事も不規則だったり。でも美容に良くないことが歴然としてくるような年齢になると、あまり無理しなくなりました ^^; 
無茶したころの思い出を書いてみるのも楽しいかもしれませんね

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