木と生きる少年

ずっと昔の話、女の子が生まれると記念に木を植えて、お嫁に行くころにはその木も大きく育っていますから、その木を伐って家具などを作って嫁入り道具にしたのだそうです。
あるページ(リンク切れ削除)によると鹿児島県では柘植(つげ)の木を植えたそうですから、きっと櫛を作ったりして持たせてあげたのでしょう。

私の生まれた家でも、姉が生まれたときに何本か木を植えました。でも婚礼家具は家具屋さんで買いました。時代が変わってしまったということなのでしょう。生まれた当時はまだ古い習慣が残っていたのかも。
鳩子は男の子として生まれたので、木は植えてもらえませんでした。よく七五三のとき、お姉ちゃんの着物がうらやましくて、自分もああいうのが着たいとだだをこねた坊やがいたそうですけど、あとでこの木が姉の生まれたときに植えたものだと教えられたときには、子ども心にちょっとだけうらやましく思いました。その木は今は姉の形見のようになって実家に残っています。

さて、ここからは別の話。
銀杏など、雌雄のある植物があります。どのくらい育ったときに、雌木と雄木の区別がわかるのでしょうか。
ネットを調べたところによると、さまざまな俗説はあるけれど、「日本林学会」の論文では「ある程度大きくなるまでは雌雄の区別は不可」ということらしいです。

生まれたときに小さな銀杏の苗を植えてもらって、子どもも成長し、銀杏も成長して行きます。ある時期になると、銀杏には雌木なのか雄木なのかはっきりわかる兆候が見られるとします。そこに至るまでに、雌になるのか雄になるのか、不安と期待の中で、毎日その木を見つめながら、共に生きてゆく少年または少女のストーリー。(最初7/11。改定7/17)

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