やすらぎとは

もう20年近く前のことですが、ニューハーフさんやそうでないアマチュアの人たちのインタビューをまとめた本を読んだことがあります。アマチュアの人たちでは、若い人やいろんな世代の人の話がありました。年配の人には、一部の若い人のような性衝動のようなものは少なくて、心からの安らぎを感じている、なんていうことが書かれてありました。
当時の鳩子は若い部類だったのですけれど、性衝動のような動機にはあまり心当たりもなくて、ぴんときませんでしたし、どちらかというと「安らぎ派」なのかなと思っていました。

今はどうかというと、安らぎなんてそんなにないような気もします。とにかく時間が早く過ぎてしまいます。そのへんはパートタイムの宿命なのかもしれません。鏡を見てはもう若くはないことにため息ばかり。ある60代の男性によると「40代50代はあっという間」なんだそうです。年齢が高くなるほど時間が早く進んで、気づいてみたらこの世ともおさらば、なんていうことになるんでしょうか。

若いころは時間はたっぷりあると思ってましたし、計画的なことはあまり考えませんでした。自分自身を省みることもまったくなかったわけではありませんけど、特に深くは考えずに過ごしてきました。

今までの自分のことを少し整理しながら、いろいろ書き綴っているときが、今はいちばんの安らぎなのかもしれません。

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コメント

雨庭みどり : 2006年6月4日 09:42

時間経過の実感
以前、屁理屈でこんなことを考えてページに書きました。

3歳の子どもにとって1年は、人生の1/3。
20歳の青年にとって1年は、人生の1/20。
50歳の壮年にとって1年は、人生の1/50。
人生での1年の重みは、年々徐々に少なくなってくる…。

40代50代はあっという間、という感覚は、そういう
実感を表しているのでは?と思うのです(笑)。

鳩子 : 2006年6月4日 11:50

みどりさんの
居酒屋日記いつも読んでます ^^;
20代と40代では1年の重みが半分。新しいものに触れたときの感動も、たぶん半分なんでしょうね。
子育ての経験がないと、なにか若いころのままの気持ちでずっと来てしまってるところがあって、突然に更年期みたいなのが迫ってくるようなところがあります。

いつのころかトランスジェンダーとかいろんな言葉が流行って、そのころジェンダーアイデンティティのようなものを見つけた人も多いのでしょうが、一種の「世代のアイデンティティ」だったようなところもあります。もう次の時代に来ちゃっているんでしょうね・・・

雨庭みどり : 2006年6月4日 22:42


先日、新宿のお店で、20代のきれいな方が
 あたしはオカマ以外の何ものでもないから…
とカウンターの隣の席で話をされていました。

私は、自分がオカマだという自覚がないので、
え〜?そうなんですか?と、逆に訊き返して
しまいました^^。世代が若くても分類上は
比較的シンプルなところに収束?するのかも
しれません。オカマと言い切るには、容姿も
含めて自信がおありになる方なのでしょう…。

トランス・セクシャルのタイプは、さっさと
向こう側(女性側)に渡ってしまって、逆に
T’sの範疇から抜けてしまうのではないか、
と思ったりしています。

鳩子 : 2006年6月5日 01:52

共有できたら
おかまという言葉は私もふだん使うことがあります。たまに「こんなおかまで申し訳ないけど」とか自虐的なニュアンスになるところが、若い人と違うところかも。
差別語として使われてきた歴史があることを聞いていますから、公のネットで使うには注釈が必要と考えてしまって、注釈が面倒なので使っていないわけです。
世の中で差別語に指定される言葉は増える一方ですけど、少しくらい減ったほうがいいかもしれませんよね。

本当に女性化してしまった人は、人前に出て過去をさらす必要はまったくないんでしょう。そういう医療技術が開発されるずっと前から続いている文化空間のようなものを、少しでも多くの人と共有できたらと思って、恥ずかしい写真も公開している私なのでしょう。

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