トランス行かず後家

6/16の記事でふれた「ある大脳生理学者の本」とは、大島清著『女の脳・男の脳』(祥伝社)という本です。この本では性役割に関しての説明の中に、人によっては拒否反応を示す人もいるかもしれませんね。けれど全体から感じられる、男性の知、女性の愛といったようないわば近代ロマンチシズムとでもいうべき男女観は、それほど不快というものでもありません。今風の言葉で言えば、少年のような男性の発想でもあります。作家の稲垣足穂の「男性には書物、女性には衣服」という言葉も、少しだけ似てはいるわけですから。

そういった男性の知性は良いとして、脳の男女差のいちばんの特徴は、左右の脳をつなぐ脳梁が太い女性がバランス感覚の思考に優れ、男性は右脳または左脳が片寄って発達したスペシャリストを生じさせやすいということらしいのですが、でも、どちらかというと、男性は空間や構造の認識にすぐれた右脳型、女性は言語認識の左脳型といえるらしいです。女性のおしゃべり好きということかもしれませんが、読書好きで知的に見える女性も多いわけです。

となると、男性にも女性にも知性派のように見える人はいるわけです。違うのはその中身というか、思考法そのほかで男女の特徴が出てくるのでしょう。

知に憧れ、知は男性的なものという近代ロマンチシズムの一面の影響から、自分自身の性自認まで決めあぐねて行動に移せなかった、というのが、若き日の私のことだったようにも思います。
本ばかり読んでいた普通の女性が婚期を失いがちになっってしまったように、私はいつのまにか「トランス行かず後家」になっていたのかも。

★また、小学生くらいまでは、女児のほうが知的な面でも早熟であることが多いといいます。女児とちがって男児の知的早熟は「末は博士か大臣か」などと周囲の期待感を増進させることになるのでしょうが、「神童も大人になればただの人」となることも多いわけです。そういう人の中にトランスジェンダーの人が少なくないとなると、その幼児期の早熟は女児としての早熟だったのかも?

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