古代の婚姻

「優秀な男がたくさんの女に子を産ませれば優秀な子孫が増える」という話のウソについて。(お酒の席のジョークなら、ジョークでいいんですけれど)

普通に考えればわかると思いますが、いちおう説明してみます。
極端な例ですが、猿の世界の一部にあるような、一匹のボス猿が群れのすべてのメスを独占するケースです。これが人間だとすると、2代目では、兄弟と争って勝った一人の男が、すべての姉妹と婚姻することになります。婚姻はすべて近親婚になり、そういうことを何世代も続けた部族が優れた文明を残せるはずがありません。
というより、近親婚をタブーにしたことが人類史の始まりであったはずです。

ですから、人類の理想としてきた婚姻形態は、一夫多妻制からいちばん遠いところにあるようなかたちなのではないでしょうか。(それは子孫の数が減ってしまうような多夫一妻のことでもありません。)
そのかたちとは、婚姻を望むすべての男女に婚姻の機会を与える社会ということです。
自然環境の激変や時代によって男女の数にばらつきがありますから、それは一夫一婦制でもありません。それは身分に関係なく2〜3人程度の妻(または夫)との婚姻が可能な社会なのかもしれません。

じつは日本の古代にこれと近かったようなことがあったような資料があります。
邪馬台国時代の中国の史書『魏志倭人伝』に次のような記述があります。

「国の大人は皆、四、五婦。下戸も或いは二、三婦。婦人、淫れず妬忌せず」
支配層の男子は皆四、五人の妻をもち、庶民の男子も時には二、三人の妻があり、女性たちは多情ということはなく、嫉妬もしないという意味です。

これは義江明子著『つくられた卑弥呼』(ちくま新書)という本の中に引用されていたものです。複数の妻をもつということから、従来の男性の学者たちは、一夫多妻制だったと主張していたらしいのですが、庶民の男子までが複数の妻をもったのでは計算が合わないと著者は言います。「婦人、淫れず妬忌せず」というのは、女子もまた二、三人の夫をもち、それが当たり前だったからではないかということです。

こういうケースでは婚姻にあぶれる者があまり出ないのではないかと思いました。
支配層は四、五人の妻というのも意外に少ないと思いました。気持ちの通った関係であるならこのくらいの数が限度なのかもしれません。『魏志倭人伝』には日本人の集会では座席の順序などに父子や男女による区別はないとも書いてあるようです。

中世の村娘の話は、「至福の家族」という記事(この記事は説明が飛躍していて自分でもわかりにくいところがあります)に書きました。

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