わかっているけど「愛してる」って言ってほしい?

芸能と女性
わかっていることだけど「愛してる」って言ってほしい、何か目に見えるかたちで表現してほしい、という女性からの男性への希望は、やはり多いようです。

(ある大脳生理学者の本には、それは女性が「大脳周辺系での満足を本能的に求め続けている」からだと書いてありました。大脳周辺系とは脳のなかで動物の本能をつかさどるような部分のことで、霊長類や人間は、それのほかに「新皮質」という部分が発達し、それによって知性や文明が誕生したのだそうです。精神性の高い愛情から求めるのではなく動物の本能をひきずっているのだというような意味になってしまうのですが、もう少し気のきいた説明のしかたもあるかもしれません。)

「わかっていることを繰り返し表現する」ということは、芸能の世界では当たり前に行われることです。音楽を例にすれば、「その曲が名曲だということはわかっているので聴いてもしょうがない、時間のムダだ」という音楽ファンはいないと思います。良いものは何度でも聴きたいですし、聴くたびに違う味わいも感じられ、新しい発見もあるかもしれません。いつも同じ気持ちで聴くのではないからというのもあります。

同じ本に、有名な作曲家や音楽家が男性ばかりなのは、男性は右脳が発達しているためであって、音楽を理解するのは右脳のはたらきだからと書いてあります。たしかに天才的な男性による名曲の数々は、どんなにか人々に喜びを与えてきたことでしょう。けれど、ドレミの音階もハーモニーも何もなかったときに突然に天才的な男性が現れてすべてを創造して素晴らしい名曲ができたわけでもないのです。民謡とか民族音楽とかがずっと昔からあって、とても長い年月をかけて無名の人々によって音楽という形式が整えられていったのです。天才的な男性が現れるのはその後です。そういう芸能にかかわってきたのは、どちらかというと女性が中心だったようです。それは世界各地の神話物語の中で、音楽の神は女神であることが多いことからもうなづけます。

文学の世界でも、昔話やお伽話といった伝承文学の担い手は女性でした。母や祖母が子や孫に聞かせ、その子が親になってまた聞かせる。子どもたちは同じ話を何度も求め、そういう長い歴史があって初めて、天才的な男性作家が出現できるのでしょう。
女性は古代からの芸能者の血を引いているので、冒頭に書いたような希望を常にいだいているのかもしれません。

芸能に携わってきた人々の中には、女性のほかにも、女性の服装をまとったような男性のような人たちが多かったことも、世界中で見られたようです。彼女たちはいったい何のために芸能や芸術を創造したのか、ということも、とても興味深いテーマになっています。

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