容量不足

無料HPレンタルのインフォシークでは、無料で使えるのは50メガバイトまでです。現在、45MB使っていて、残りが僅かになりました。なにか対策を考えなければなりません。コンテンツごとの容量を調べてみました。
a.トランスジェンダーな日々(鳩子ロマンス) 12.3
b.アルバム画像 10.2
c.アクセス解析 5〜7
d.BBS 過去ログ 4.6
e.BBS      2.5
f.詩集(画像含)2.3
g.おまけ    1.3
「トランスジェンダーな日々」がいちばん大きなコンテンツになっています。でも文章の比重の高いページはむやみに移動したりしないほうが良いでしょう。そこで考えられる方策は・・・
1、アルバムサイトを独立させる(10.2MB)
2、アクセス解析やBBSを外部レンタルにする(7〜9MB)
3、BBS過去ログを鳩子カプセルに移動、または古いものは削除(最大4.6MB)
「1」がいちばん空き容量が増えますが、アルバムがメインからはずれるのはさみしいですし、トランスジェンダーな日々で同じ画像を使っているのがたくさんあって、作業がめんどうですし、その画像を残せば数字ほどは減りません。2か3になるでしょう。どっちにするか……というより、来年になれば両方やらないとダメなことになるでしょうから、どっちを先にやってもたいして変りはないのでしょう。

桜の月の終わりの憂鬱

4月も終わりなので、今年の桜の写真です。
2、3日前からちょっとまた鬱状態になってるのですが、たまたま性再適合手術をした人のサイトを見たからなのでした。そういう人の手記は、ほとんど読まなかったのですが、確かホームページを始めてまもないころにもそんなことを書いたような気がします。調べてみたら2003年の4月29日の日記です。偶然にも同じ日でした。

「以前はああいう手記を読むと、鳩子はとても精神が不安定になったのですが、今はそれほどでもないみたいです。でもまだちょっと動揺します。鳩子の過去はまだ、ほんわかした甘い回想の断片でしか書けません。」

3年前に「それほどでもないみたい」と書いたのは、ホームページを始めたばかりの意気込みからくる希望だったのでしょう。それほどでもなくはなくて、そういう心理は今もほとんど変ってないみたいです。
そういう心の動揺は、たぶん一種の嫉妬によるものなのでしょう。きっとそうに違いありません。だから言葉に出ずに表現のしようのない心理状態になるのです。
GIDグループの中というのも、ものすごく嫉妬心が渦巻く世界らしいのですが、わからないでもありません。あんまり関わらないほうがいいのかもしれません。鳩子の場合については、もっと歴史や文学の世界に浸るのが正しいことだと思います。

スリーサイズの謎

桜堤イヴさんのブログに、有名な彫刻のミロのビーナスのスリーサイズが載っていました。上から、94・66・97で、Eカップだそうです。アンダーバストは74ということになり、UBとWについては10年以上前の鳩子とほぼ同じですが、Hはだいぶ大きいです。

スリーサイズを公表している女性の数字をみると、たいていの人はヒップを数センチ小さめに書いているようだという人もいます。若い女性とはそういうものなのでしょう。多くの女性はたぶん十代の思春期のころに90の値を越えたとき、数字に対する羞恥心をおぼえて、それをその後もずっと引きずってしまうのかもしれません。

トランスさんたちのスリーサイズはどう見ればよいしょうか。(中略)とにかく最初から3サイズともジョークのような書き方の人もいます。

最近ダイエットのことでネット検索したとき、女性たちが各自の現在のサイズを書き込みしあっているページがあり、その中に明らかに男性のイタズラと思われる書き込みがありました。UBとWの差が22センチとか、UBについてわかってないのでしょうね。
(画像は23日の写真から3ヶ月後の写真)

しあわせ恐怖症(2)

しあわせ恐怖症については2004/9/23にも書いたことがあります。

女性には「しあわせ恐怖症」というのがあり、たとえば白雪姫の物語で継母(実母の話もあります)が娘に嫉妬するように、母親というのは自分以上の幸福を娘に望まないものなので、娘も遠慮して第4、第5希望程度の男性と結婚するケースが多くなるような話。(継母でも実母でも根本は同じで、おとぎ話では実母とすると救いがないようなことになるので継母の話になっていくらしいです)

あんまりしあわせになりすぎても肉親や身近な人たちに嫉妬されますから、そんなことで悩むよりは、半分くらいのしあわせで十分だと無意識に考えてしまう女性が多いそうです。それと似たような理由で、SRSまでは望まないというトランスさんも多いのかもしれません。

人生に前向きで積極的なことが無条件に正しいとされることが多くなった現代ですが、ちょっと前までは必ずしもそうではなかったようなのです。
諦めや悟りのようなものが本当に消極的な人生なのかどうか、もう一度考え直してみる必要があるように思います

O脚矯正のころ

2つのうち右の画像は、Dibasというソフトで遊んでみたものです。
Dibasのフィルタの「爆発」というので「強度6、波の数3、Sin波」にすると、ウエストのあたりが細くなります。でも頭が長く、足は短くなります。
左の写真はもう12年も前のもので、この写真を見てO脚をなんとかしようと決意したのでした。

やったことは、おばあちゃん座り(ぺちゃんこ座り)だけです。
お風呂に入ってひざの関節を温めて柔らかくして、マットの上で正座して、かかとを広げてその間にお尻を落とすわけですが、少しずつやったら1週間くらいでお尻が楽にマットに着くようになりました。その後も戻らないように、ときどきお尻を着ける座り方をしています。
足をそろえて立ったとき、靴をはいてなければひざとひざの間が付くくらいになりました。こんな簡単に矯正できるのなら、もっとずっと前からやっておけば良かったと思いました。

赤ちゃんのとき立って歩き始めるのが早かった子がO脚になりやすい、ということを聞いたことがあります。

松田聖子の時代

松田聖子の『Bible』という2枚組のDVDを、Book off で見つけて見てみたことがあります。
ちょっと面白かったのは、米国進出のころのプロモーションビデオのようなものがいくつか。話題になったダンサーのジェフ君が出演していたかどうかはわかりませんが、悩ましげな下着姿で写っている聖子ちゃんを見ることができます(歌手のマドンナのまねかもしれませんけど)。短いラブストーリー仕立ての映像には、彼女らしいちょっと繊細な雰囲気も出ていました。
他には、デビューのころのグリコのポッキーのコマーシャルのために撮影されたと思われるお宝映像もありました。

1980年代で正統派アイドルの時代は終わって、だんだんと男の子たちは二次元アイドルにシフトしていったのでしょう。
悲しい恋のストーリーをその物語のヒロインとして歌い演じていた歌手は、80年代で終わってしまいます。最近の歌は人生の応援歌みたいなのばかりで、ああいう言葉に空虚なもの感じてしまうのは、古い世代ということなのでしょう。悲しいヒロインを演じることのほうが「ぶりっ子」でウソっぽいと見るようになってしまったのでしょうか。
松田聖子以前のアイドルも本当はみんな「ぶりっ子」だったのですが、松田聖子の時代に初めてそう呼ばれることになったのは、次の時代へ移行する最後の時代だったからなのかも。……やっぱり「最後のアイドル」だったんですね。

物語性のようなものは消えてなくなってしまったのでしょうか。今もあるとすれば、歌手本人の私生活です。それはとてもワイドショー的なものになっています。こういうのが好きなのは女性たちのほうです。男の子たちはそういうものに女性の恐さを感じてしまいますから二次元アイドルへ向かってしまうのかも。あまり男性受けしなくなったアイドルの最初も松田聖子だったみたいです。
けれど、ああいう私生活自体も、作られ演じられたものにすぎないのでしょう。物語の時代に帰りたいですね。

後悔のない人生なんてない

先週NHK衛星放送でやっていた「男はつらいよ」シリーズの番組の最後に、映画監督の山本晋也さんともう一人の作家のおじさんとで、映画のシーンを振り返ってのトークのコーナーがありました。
その中で、女優の岡田嘉子が「後悔のない人生なんてないんじゃないかしら」と言うシーンのことを話題にしていました。若き日に共産党員の男性とロシアに駆け落ち亡命をした美人女優という私生活のイメージがだぶってきて云々の話はともかく、
「後悔のない人生なんてない」
という言葉は、ちょっと気持ちが楽になるような気もしました。
若いころは人生に前向きであるべきでしょう。同じ後悔をするなら、一度きりの人生、何もしないよりも、思い切ってやってみて後悔した……、そうして性再適合手術(SRS)を受けようとする人。もちろん「何もしないで」後悔する人もいます。
どちらも同じように人間らしい姿なのでしょう。

鳩子萌え

2年以上前のことですが、「鳩子萌え」みたいな感じのメールをいただいたことがあります。「萌え」という言葉の意味がわからなかったのでその人に聞いてみたのですが、返答の説明はあまりぴんと来ませんでした。その人と長いメールをたくさんやりとりしたあと、会うことになったのですが、前日になって風邪で高熱があるので会えないというメールが来たので、お大事にしてくださいとだけ返信しました。

「萌え」という言葉に関しては、あとになって、アキバ系とかメイド喫茶とか、そんなのがあることも知りました。ある社会学者によると、「萌え」とはつまり「二次元アイドル」のことだそうです。二次元とはつまり画像の上だけの存在ということなのでしょう。一方では、今のアイドルタレントとは違って、トイレにも行かないような清純で雲の上の存在のように神聖視されるかと思うと、他方では、生身の存在ではないので、少々エッチな語りかけも許されるような感じでしょうか。
ホームページのどこかに「プライベートなことはメールでお願いします」と書いてあるのですが、「鳩子萌え」のようなケースは掲示板にしていただいたほうが良いのでしょう。

身体測定

学校では新学期になると身体測定というのがあったように思います。男の子の胸囲を測る位置はどこだったか、バストの位置ではなくて背中のなんとかいう骨が基準だとか、うろおぼえだったのですが、ネットを検索してもわかりませんでした。

検索したときに気になるページもありました。
ある女性のブログでは、あれはセクハラ以外の何物でもないと指摘されていました。男性教師の前で胸を見せなければならない学校もあるようです。

教師向けの測り方のマニュアル・ページでは、ひとこと会話をしてから測定するのが良いとありました。リラックスした気持ちでということなのでしょうが、それだけではないようにも思えます。
男の子では胸囲を大きく見せようとして息をいっぱいく吸い込んだ状態で測定を受ける子がいるからではないかと思います。言葉をしゃべらせれば息を吸い込んでいることがばれてしまいます。

あたしが中学校のときは、そういう意地悪なやりかたはなかったのですが、でも息を吸い込んでいて注意された男の子はいました。あたしも胸いっぱいではありませんが、半分ちょっとくらいまで息を吸い込んで測ってもらいました。けれどなぜか注意はされずに、パスしていました。無事に測定が終わってほっとして、なぜなのかということは、当時は考えることはありませんでした。
今思い出すと、なぜあたしだけパスしたのか不思議です。ふだんから品行方正なほうだったため、信用されていたからなのかもしれません。でも、この子の胸囲については、おまけしてあげなければ可哀想だという目で見られていたのかもしれない……、というのは高校生のころ2センチおまけしてくれた先生がいたんです。

自閉の文化史

去年の6月に長曾我部元親のことを書いたときは、伊藤聡さんのページを見てのことでした。

その伊藤さんによると、GIDだと思っていた人がそうではなくて自閉症の症状ではないかというような実例の話がある、ということが、まりっぺさんのページにありました。
つまり、その二つはよく似た特徴があり、GIDのほうが社会的にも注目されているので、そちらではないかと思い込みやすいということなのでしょう。特に自閉症の女性の場合には、脳梁も男性に近い大きさで、ふるまいも男性的になるらしく、そんなことからFTMのGIDではないかとされてしまうことがあるそうです。

男性として社会に適応するのがつらいことがある、ということは、やはり男性としては自閉症的なのだと思いますが、かといって女性として適応できるかといえば、現実はさらに難しいことです。

いびつな社会にニヒリズムやペシミズムの感情をもつ人は多いと思います。現代では特にそうでしょう。しかし、かといって「適応」ばかりを最優先させても、本来の人間的な生活を送ることはできません。

現実を離れ、美しい芸術を愛すること。社会的な性別を離れ、美しいと感じた性としてさまようこと。

日本人が憧れてきた生活に、仙人のような、あるいはご隠居さん、若隠居、あくせく働かない風流人のような生活があります。知をそなえ、美を追い求めるような清貧の生活への憧れや美学があります。

あるいは数枚の原稿用紙のレポートの提出のとき、意識を集中させるために深夜にひっそりと机に向かって書く、ということはいわば臨時の自閉的な空間を作るということです。こういうのは誰でも体験することであって、そういう意味では、自閉的な生活場面の上手な使い分けというのも、生活の智恵として必要になるのかも。

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笑顔の写真

自分の写真でいい笑顔のものはないかしらって古いのから順に探してみました。
若いころのはあまりありませんね。あってもうっすらと微笑んでいる程度です。

順番に見てたら突然、笑顔だらけの写真がずらっと並んで出てきました。その一枚がこの写真です。

一人で渓谷へ出かけて、サンダルを脱いで浅瀬に入って水遊びをしたときの写真です。こういう場合は自然に笑顔になりますよね。理科の研究でなにかを採集に来たわけではないですし、水遊びなんですから。

このときできあがったプリントを見て、われながら可愛い笑顔だななんて思ったりして、それ以来、セルフ撮影でも自然に笑顔が出るようになったみたいなのです。

ある男の子

年齢の近いイトコの男性がいて、子どものころは、あたしととてもよく似ていたらしいのです。
高校生のころ彼に会ったとき、彼は当時バミューダパンツといっていた、つまり膝下くらいの半ズボンのことですけど、それをはいていて、そこから見えたふくらはぎは毛深くてごつごつしていました。やっぱり男の子だったんですね。手もごつごつしてずっと大きく見えました。
2〜3年前に会ったときは、彼の顔はゴルフ焼けして浅黒く、痩せているのに背中をかがめて歩いていました。あたしと似ているところはもうあまりないみたいです。

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