パス度は相対的なもの

このあいだ高速道路の料金所での支払いのとき、百円玉を一つ地面に落としてしまいました。つい「ぁ……」と声が出かかったのですが、いちおう声を押さえながらハスキーボイスに切り替えていました。
車のドアを少しあけて下を探そうとしたら、料金所のおじさんは「いいですよ〜♪」と親切に言ってくれたので、そのままお辞儀をしてドアをしめて、無事通過して帰って来たわけです。
あたしはお金を渡すときは、手のひらを上に向けて、手のひらの上のお金を斜めに滑らすようにして、相手の手のひらの上に落とします。おじさんはそのとき料金通りのお金があったことを確認していたのでしょうね。
でも今の多くの女性はどうでしょう。小銭を指先でつまんで相手の手には触れないようにして上からぽとりと落とす人が多いかもしれません。知らない男性の手にはなるべく触れたくないでしょうから、なるべく距離を離して……。物を恵んでやるわけではないのでそれでは失礼だと考えるのは、今ではよっぽど高齢の女性だけになってるかもしれません。
おじさんから見れば、やっぱり女性の?きゃしゃな手のひらをまぢかに見るのは悪い気はしないでしょうし、それによって万一のトラブルを限りなくゼロに近づけることができるだろうと思って、お金の渡し方としては少数派かもしれないやりかたをしているわけなのです。
大多数の女性のやり方を真似ることがパス度を上げるとは限らないわけです。
この場合、不特定多数の人たちが相手ではなくて、一人の相手だけパスすれば良いわけですしね。

男性の一極集中?

オジサマたちのよく見る夕刊紙をたまたま見たら、早漏だった男性がある女性と親しくなってからそうでなくなったという話が載ってました。その女性はキス魔とのことで、長かったりねちっこかったりあちこちいろいろなのでしょう。男性はからだじゅうが興奮して熱くなってしまうわりには、相対的に下半身は冷静な感じになって、積年の悩みを解消することができたというお話。
そんなにキス魔でなくても、男性が多極的に攻めてきたら、女性も多様な反応動作をするとは思いますが、でも男性が単調だとウソっぽい反応しかできないかもしれません。前戯をおろそかにすると早くなってしまうという説明はごもっとも。
男性は思考も動作も一極集中になりやすい傾向がありますから、一極に集中しすぎると早くなってしまうというのもあるのでしょう。
ニューハーフやトランスさんは元が男なので男の感じる部分をよく知っているから良いとかなんとかいう人もいますが、でも男性のそういう標準的なことは普通の女性でも知識や少しの経験でわかることですし、どうでしょう、そこだけせめればいいというものでもありませんし。

あご

この写真ではそうではないのですが、鳩子の写真では、あごのかたちがすっきり出ないことが多いのです。
理由は簡単なことで、セルフの撮影に小さい三脚を使うので、下からばかっかりで撮ることになるからです。ローアングルぎみになりますから、顔が上向きになって見え、あごが出てるような感じになることが多くなります。
カメラの位置をもっと上にすると、上目使いのような顔になって、あごも小さく形良く撮れるのでしょう。

実はそれだけでなく、あごを引きすぎると、たるみやしわが目立つようになってしまった、というのも最近の傾向ではあるのですけれど。
いつもこの写真くらいすっきりきれいに撮れればほんとうに言うことないんですけど、そんなにうまく行きませんよね

左右非対称

人間のからだはよく見ると必ずしも左右対称にできていないものなのですね。
形や大きさもそうですし、利き手や利き足などもあります。動かしたときにどちらの関節のほうがよく曲がるかとかもあります。そのほかには皮膚の敏感さというか、左右で感じやすさが違うところもあります。
この写真では左のウエストから腰のラインがまあまあに見えますが、反対むきのポーズで右側も同じようにというわけにはいかないかも。

鳩子のHPのデザインは、左右対称のレイアウトというのは少ないです。アルバムのページには少しあります。きっちり左右対称というのがあまり好きでないみたいです。

写真ポーズ一般についても、左右対象のポーズでは、あまり面白くありません。
女性らしく見えるポーズの基本というのもそうでした。
つまり、からだの中心線のどこかを曲げて見せるわけです。首をちょこっとかしげただけで可愛らしく見えますし、腰をくねらせてぐっとセクシーに見えたり。そうやって、からだの中心線でS字をえがいたり、もっと複雑な曲線になったりです。
それから、からだをよじるポーズでは、腰は正面を向いて胸は斜めで顔は正面というのがウエストも細く見えますよね。
ただし真横から見たときの背骨は猫背にならないようにするのが基本でした。

↓2月〜3月の写真を見ても、首がまっすぐなのは、すぐ下のパンジーの写真だけでした。花壇のそばにしゃがんだとき、足の組み方に神経がいってしまったためか、ちょっと硬い感じのポーズになってしまいました。

物思いのパンジー

公園の花壇にパンジーが咲いていました。
花言葉は「物思い」とおぼえてたのですが、いちおう調べてみます。
http://www.birthdayflower366.com/0201-0229.html
まちがいありませんね(^^)。↑このページは写真が綺麗です。以前見たあるページは、小さくて群生するタイプの花の写真も、一輪だけのアップ写真を載せたりして、花のたたずまいの感じがわかりにくかったのですが、このページの写真はわかりやすくて良いと思います。

パンジーが本当によく知られるようになったのは、小坂明子の「あなた」というヒット曲のころからかも??。歌詞に出てくるのは「白いパンジー」でした。それ以前はどちらかというと「三色すみれ」という別名のほうが、古い世代の人には親しみがあったのかもしれませんけど、今日のこの話はあてにしないでくださいね。

利き尻の問題について

利き足というのがあって、歩き出すとき左足から出す人は右利きなんだそうです。
歩くとき後ろから見ると少しお尻が左右に揺れますが、揺れかたが片寄っている人もいますよね。お茶の時間にお盆を両手で持って、お尻を振ってドアをしめることがごく稀にありますけど、鳩子の場合は左のほうが振りやすいのですが、こういうのはどっち利きなのでしょう?
こういうのを「利き尻」と言うのではないかと思って、ネットを検索してみました。何ページかありました。

ある女性の美容体操のページでは、股関節の動きが人によって左右アンバランスなことがあって、そういうのを利き尻の問題だと言っていました。別の女性のページでは、鏡に映したお尻の左右の大きさが違うことに気づいて、バストの左右の大きさが違う人が多いのでお尻もそうなのだろうし、利き尻があるのだろうと書いてありました。

男性のページでは、椅子に腰かけたとき片方のお尻により重心がかかるようなので、利き尻なのだろうという話。それから、おならの研究のようなジョークっぽいサイトでは、腰かけたまま片方のお尻を浮かすとき、利き尻が大事だといっています。

人間のからだは、いろんなこまかいところまで左右対称でないところが面白いです。
鳩子は、上半身は左利きの傾向があって、下半身は右利きなのかもしれません。
ネジをしめるときドライバーは右手で使いますが、水道の蛇口は左手を使います。蛇口はネジをゆるめるわけですから、左手のほうが合理的だと思うんですけど、右手の人が多いのかも。いろんな道具が右利き用に作られているそうですが、ネジもそうなんでしょう。

床や畳の上に、斜め座りするときは、左側に足を出す人が多いと思います。こういうのは利き足というより、右側に男性が座ることが多いからなんでしょうね。

翳りゆく胸?

15日まとめて画像BBS4件投稿(NHNいずみさん七華さん蘭さん)
夕日を浴びての写真が多くて、ちょっと胸が目立つ写真が多かったかも。
スキンブラを2つ重ねて着けただけなのですけど……

スキンブラは胸のトップの位置よりやや上の位置に着けると、中央に寄せる力が強くなって谷間が強調されます(メーカーの使用法にも書いてあります)。

そこでまず、Aカップ用のものを、ちょっと上すぎるかなというくらいの位置に着けます。次に、その上からさらにCカップ用のものを本来の位置に着けると……? 写真のようになってしまいました♪ちょっと目のやりばに困りそう

春のにおい

だんだん春らしくなってきます。
♪タバコのにおいのシャツにそっと寄り添うから♪……松田聖子の赤いスイートピーという歌ですね。20年以上前の歌です。タバコの匂いはいいとして、世のおじさまたちは、やっぱりからだのにおいを気にしたりすることもあるのでしょう。女性の体臭はそれで興奮する男性もいるらしいですが、おじさまのにおいのきついのは周囲には人気ないみたいです。
ある男性があるとき「男の風下にもおけない」と言ったそうですが、風下?、 においについてナーバスになってるのかもしれませんね。
ところで春のにおいといえば、湿った土の匂い、青い芽の匂い。摘まれてみたいふきのとう?

関係ないけど「鳩子ロマンス」より「鳩子トランスロマンス」というのはどうかなって思ってます。

言葉とは通じないものかも

3/7 の「右脳と左脳、男性の危機?」という記事で書いた「男性の言語表現」のつづきみたいになりますが、

いわゆる社会的なコミュニケーションの手段としての言語表現がお上手だからといって、魅力のある人だとはかぎらないわけです。むしろ逆のケースのほうが多いと思います。

ある詩人の言葉に、「言葉というのは通じないものなんだ。それでも自分は詩を書きつづける……」というのがありました。
けれど、通じなくても、どこか遠くで何か響きあうこともあるのではとは思います。

いわゆる社会的なコミュニケーションが下手な人は、世の中にはたくさんいましたし、昔はその程度のことで悩む人はなかったのだろうと思います。落語に出てくる長屋の熊さんや八っつぁんたちがそうでした。長屋や地域社会では価値観を共有しあって、それぞれの足りないところは補って暮らしていたのでしょう。でも今はちょっと難しい時代になってしまったのかもしれません。

いわゆるコミュニケーションが下手な人は、そのぶんだけ孤独を感じることが多いのでしょう。孤独に耐えること、そして孤独ではない別のものを感じるようにすること。どうしたらそういうふうになれるでしょうね。

タバコとお化粧

ぼんやりテレビを見てもつまらないので、古い録画ビデオを見たり。

「ティファニーで朝食を」 音楽がいいですね。
女の子も可愛いですが、タバコを吸います。出てくる人はみんなタバコを吸う人だらけで、狭いパーティー会場は煙モクモク。懐かしい青春像といい、一つの時代なのでしょう。
むかしあたしが自分で買ったグリコのおまけの指輪、どこかにしまったままなのです。

「メリー・ポピンズ」
傘をかざして空を飛んで、メリー・ポピンズはいったいどこの住人なのかしら、以前は冷静に考えたことなかったですね。 プレゼントの中身がうれしくて夢中になってた子どもみたいに。
メリー・ポピンズはときどき、人が見てるところでも、お化粧を直します。急いでパタパタと。
混雑してなければ電車の中でも、そのくらいいいと思いますよね。でもこのごろはやめといたほうがいいでしょう。

生まれ変わるなら男?女?

生まれ変わるなら男がいいか、それとも女? という話題は普段の会話でも出ると思います。
ある大新聞社のアンケート結果の資料がまりっぺさんのページに載ってました。それによると、

 男性の回答 生まれ変わるなら男 90% 女 10%
 女性の回答 生まれ変わるなら男 30% 女 70%

ということで、女がいいと答えた男性が10%と少ないのが意外でした。
男性で、性別違和感を抱いたりいわゆるセクシャルマイノリティといわれる人の割合が10%近くあることから、女に生まれ変わりたいという男性10%というのは、単なる願望によるものではなく、より深刻な心の悩みの問題があるのではないかと、まりっぺさんが書かれていますが、その通りなのでしょう。http://2.suk2.tok2.com/user/cherrygirl/?y=2006&m=03&d=08&all=0

10年以上前に似たようなアンケート結果を見たような記憶があるのですが、当時は女と答えた男性がもっと多かったようにも思うのですが、はっきり思い出せません。
ネットを調べたら別のところの調査で次のような結果。
http://www.crs.or.jp/5173.htm(中央調査社)

 男性の回答 生まれ変わるなら男 80.6% 女 5.5% わからない 13.9%
 女性の回答 生まれ変わるなら男 26.4% 女 62.1% わからない 11.5%

ここでは5.5%という更に少ない数字ですが、「わからない」と答えた男性が13.9%で女性より多いことが、深刻です。普通の政治や社会問題などアンケートでは「わからない」と答えるのは女性のほうが多い傾向にありますが、ここで逆になっているということは、つまり、隠したいとか、答えたくない男性が多いということなのでしょう。
新聞社のアンケートでは選択肢が2つだけでしたが、それを考慮すれば、二つの調査結果に大きな違いはないと思います。

鳩子は生まれ変わるなら、男、女どちらでもいいのですが、トランスするなら若い早くのうちにぱっとどちらか一つになれたらいいと思います。

右脳と左脳、男性の危機?

男性は脳梁が細い、というキーワードで検索したカウンセラーの人のページに、現代の危機にある「男性を救出してあげてほしい」なんて書いてありました。
http://www.sodatsu.com/labo/
左右の脳をつなぐ脳梁が細くて心のバランスが悪く、言語表現に乏しい……、
たしかに今の男性は言葉の表現に魅力がない人も多いかもしれませんが、何かほかに魅力があればそんなに問題じゃないとは思うのですけど。

言語表現に乏しいとは、脳梁が細いからというのでなく、右脳が大きくてバランスが悪いからということみたいです。「右脳ブーム」というのが良くなかったのかも。右脳は芸術的能力に関係するといってみても、文学以外の芸術ということですし、それでほんとうに誰も彼も芸術的なのかどうか。
おしゃべりである必要はぜんぜんなくて、短くて面白い言葉の表現ができたら、とても魅力的に見える場合があります。
生活の中でのいろんな感動を、よく分類して整理してみたらいいんじゃないでしょうか。すべての感動を一つの感嘆符でくくってしまうのではなく、一つ一つに名前をつけてあげて、なるべくたくさんの引出しを使って別々にしまっておけるといいと思うんですけどね。

つづき → 3/12「言葉とは通じないものかも

スクラップ

なにか、古い切り抜きのようですね。

(コメント)
15年以上前のものですが、今読み返して赤面するというほどではありませんでした。この日記でときどきあるのですが、あとで恥ずかしくなって削除、ということがないようにするには、書き方があるのでしょう。この切り抜きが見本になるかも。
末尾近くの「征服を待ち望んでいるような」自然とは、欧米の文明史の問題点としてよく言われる言葉ですが、この作文では男性読者を想定して男性の連想を刺激するために「征服を待ち望む」という表現を使ってるわけなんでしょうね。

長い余韻

人に親切にしてあげるっていうことは、大切なことですよね。特に弱そうな性格の人、自己主張も苦手でさみしそうな感じの人には少しだけ余計に親切にしてあげたりして・・・。そういう人からどうしても会いたいっていわれて、でも今ちょっと2、3日は忙しい用事があるからっっていっても、それでもすぐ会いたいなんていわれたら困ってしまいますよね。それで電話が切れて、何日が慌ただしい日が続いて、彼のこともつい忘れていたら、1週間くらいして彼が自殺したなんて知らされたら、ほんとうにショックというか、落ち込んじゃいますよね。あのときそんなにせっぱつまって悩んでいたのかしらって、無理してでも会ってあげるべきだったんじゃないかって・・・。思い出すたびに悲しくなってしまいます。

話は変わりますが、田舎暮らしだと、ちょっと遠くの人に会うのも、準備がたいへんで、大事業だったりします。ぱたぱた厚化粧する時間も考えなくちゃならないし、でもそういう数少ない経験を、何度も思い出したり、違った見方で考え直してみたりして、長い余韻に浸ることになります。

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