サルビアの花


10月に撮った写真を出し忘れていました。
赤い花が、サルビアの花です。
早川義夫という人の歌にもありました。♪いつも、いつも思ってた……♪

花言葉はあるサイトによると、
「全て良し、エネルギー」
別のサイトでは
「尊敬・燃える思い・私の心は燃えている・恋情・知恵・貞節・家族愛・すべてよし」

「全て良し」 というのが一年の締めくくりにぴったりです。

この記事で今年最後になるかもしれません。
今年も一年ありがとうございました。来年の鳩子もどうぞよろしくお願いします。皆様、良いお年をお迎えください。

自閉症"診断"プログラム

自閉症とトランスジェンダー(特にFtM)の問題は、これまで何回か書いたと思います。

「自閉症スペクトラム指数自己診断」というのがありました。
http://www.the-fortuneteller.com/asperger/aq-j.html
児童用の診断ということですが、自分でやってみました。点数が高いのが自閉症的傾向らしいです。

あなたの得点は14点です。
社会的スキル   6点
注意の切り替え  1点
細部への注意   3点
コミュニケーション 2点
想像力       2点
閾値内に収まっています。

私の14点は意外に(?)低かったです。
想像力は、私については不足はないでしょう ^^;。
コミュニケーション能力は年齢が上がれば障害は少ないです。できるかできないかと聞かれて、できると答えたものでも、好きか嫌いかということなら、嫌いと答えるかも?
細部への注意、?
注意の切り替えは、「ながら族」ですから問題なし。
問題は「社会的スキル」ですが、これは要するに世間の処世術のような意味ですから、私の場合、自分の人生観の視点で解答してるのでしょうね。つまり自信をもって処世的な価値を認めないわけです。なのでポイントが高いのは余計なお世話というもの。

「注意の切り替え」についてですが、最近のテレビのニュースショーやクイズ番組などで、ぐっと盛り上がって見る者を惹きつけた直後にCMというのは、全然切り替えができないので、ああいうのは見なくなりました。昔の番組ではありえませんでした。ああいう番組は、逆に子どもの集中力を養うのに良くないのではないかと思います。

世代別による体格差 〜背伸びだった時代〜

東京渋谷の若者で賑わう商店街では、従来の商店組合のオジサンたちが自主的に巡回パトロールして、取り締まりを始めたと、先月TVのワイドショーでやっていました。夜の路上でアクセサリーを売る若者の露店は退去、チンドン屋さんも許可を得たコースから1歩も外へ出てはいけないなどの、ルールを守ることが徹底されつつあるとのこと。大道芸などを繁華街の賑わいの象徴イベントとするのでなく、単に購買客の数の多さをめざすということなのでしょうが、それはともかく、

パトロールのオジサンたちは50代で身長175センチ体重70〜80キロ。そんな強そうなオジサンを前にして、若者たちは170センチ以下体重50数キロの貧弱な体形でペコペコしていました。

オジサンたちはパトロールという役割のため特に大柄な人が選ばれたのでしょう。けれど、あと10年もすると、日本の男性の体格の平均値が、屈強な壮年、貧弱な若者ということになると思います。明治時代以後のどの時代にもなかった現象です。
オジサンたちは人生経験だけでなく、体格でも優位になります。若者に元気がなくなるのは当然なのかも。

若い女性たちも、身長体重とも数字の上では小さくなるのでしょうが、胸は大きいしウエストは細いですから、オバサンたちより優位であることは変わりません。

これからの若者は、トランスして年上の男性と交際するには有利な体格ともいえます。

★補足 日本人の平均身長が小さくなったというデータはありませんが、今の40代以下では伸びはストップして横這いになりつつあるようです。
http://www.eps4.comlink.ne.jp/~duciel/eiken/saigen/05-1-12/saijiki05-2r.htm
世代による体格差がなくなるというのは、江戸時代以前の時代に戻ることなのでしょう。日本人はそのとき初めて「明治以後の近代」を冷静に反省できるようになれるかもしれません。この時代は、体格の上でも「背伸びの時代」だったのです。

ジェンダーと一人称代名詞

現代の日本語の一人称代名詞について、関東地方での使われ方を考えてみます。

女子は、幼少時にアタシ(またはワタシ)を使い始めると、ほぼ一生その言葉だけを使い続けるようです。
男子は複雑です。幼少時にボクまたはオレを使い始め、中学生のころオレがかなり優勢となります。高校生以上ではオレとボクを使い分ける人が多くなり、大学生や社会人になるとさらにワタシを使い分けるようになります。昔の軍隊ではジブン(自分)というのもあり、今も使われます。

現代の日本人男子は、これほどの使い分けを強いられ、それは特に思春期のころの自我の形成に影響を及ぼすこともあるのではないかと思います。
小学生のころボクと言っていた子が、中学生になってすんなり仲間と同じオレと言えれば良いのですが、屈折した気持ちになる男子も少なくないようです。そのような男子は自閉的な心理に陥るのではないかということです。

けれど昔の例では、正統派の江戸古典落語の世界では、庶民の一人称の言いかたは現代とはだいぶ異なります。子どもは男子も女子もアタイです。大人になれば皆アタシなのですが、長屋住まいの男性の中にはオレと言う場合があります。
アタイやアタシは、関西のワテやアテと通じるものなのでしょう。落語家は現代でもアタシと言います。
オレは、江戸周辺の関東地方で、男女ともに使われた言葉が移入されたもののようです。東北地方のオラと通じるものです。仕事を求めて江戸に移住して来た人の言葉ということになります。
元は単純だったようです。男言葉と女言葉の差も、あまりなかったようなのです。
(落語の長屋の職人さんの場合、外向けには「アチシ」とか「アッシ」とも言っています)

明治時代以後になって、男子は複雑な一人称代名詞の使い分けをするようになったわけです。女子はというと、女言葉を独自に洗練させてきました。
こういう流れを、文化の洗練として賞讚する見方もあるようですが、少々の疑問も感じられます。女子は従来の女言葉をだんだん使わなくなっている傾向があると思います。男子も落語家のようにアタシだけで通せたら良いと思うのですが……

神隠しの午後

子どものころの好きな遊びに木登りがありました。
家にあった古い椿の木は、地上から2メートルくらいのところの枝2本が曲がっていて、縦横30センチくらいの菱形の枠の形をしていました。小学生の私は、その枠をくぐり抜けてもっと上へ登ってゆくことができました。木の上から"下界"を眺めながら、ぼんやり過ごすのが好きな子どもでした。
ある日の午後、木の上に登っていたら、下で母や家族が、私がいないといって探している声が聞こえました。でも私は木の上から降りたくありませんでした。かなり時間がたってから、私はこっそり木から降りて、何食わぬ顔をして家の中に入りました。神隠しにあったのかと思ったと言われて、叱られました。
高校生になったころ、その木に登ってみたとき、あの枝の枠の中には、頭は入りましたが、からだはもう入りませんでした。

別の話ですが、納戸(なんど)で古着のワンピースやスカートを着て遊んでいたとき、姉が私を探して近づいて来るのがわかりました。私は押入れの中に入って、音をたてずに静かに戸を閉めて、息を潜めていました。姉の呼ぶ声に返事はしませんでした。そのときどういうふうに思われたかはわかりません。
(写真は山茶花の前で)

あるはにかみ屋さんの話

子どものころは、写真映りが良いとよく言われました。たぶん、はにかみ屋さんの子どもだったので、いつもうっすらと笑みを浮かべていたからだろうと思います。
いやな思い出のある写真も微笑んで写っていました。車に酔ってゲーゲー吐いた直後の写真も楽しそうな笑顔をしていました。先日テレビで見た沖縄の人たちが、苦しかった思い出を微笑みながら語っていたのをおぼえています。どんな顔をしていいかわからないときは、微笑むしかないというのもあるかもしれません。
写真は思い出に虚構の世界を調味してくれます。

男子の中学生のときのある日、学校内で突然知らない上級生の男子に呼び止められ、「お前はオレを見るといつも笑っている。オレの顔がそんなにおかしいか」と言われました。私はびっくりして怖くて何も答えられなかったのですが、たまたま通りかかった同級生の子が、この子はそんな子じゃないとかばってくれたので、大事には至りませんでした。
その上級生も思春期の自意識過剰な時期だったのでしょう。そんなことがあると、私のほうもだんだん無表情を作るように意識してしまいます。
女子だったらいつも笑みを浮かべていてもインネンを付けられることはあまりなかったかもしれません。でも愛嬌をふりまく大人びた子に見えるかもしれませんね。

セルフ写真に凝り始めた1990年代初めは、笑わない写真が多かったのです。一人ですからしょうがないといえばしょうがないのですが、だんだんまた一人で意味もなく笑うことができるようになりました。

「戒名無料作成サービス 」

人生の最後に、死んだあとは、名前はどうでも良いような気がしますが、日本人の多くは、お寺に戒名を付けてもらいます。こんなサイトがありました。

戒名無料作成サービス
http://homepage3.nifty.com/jiyujoho/kaimyo.htm

「お名前」のところに自分の名前をフルネームで入れて、女なら「大姉」か「信女」、男なら「居士」か「信士」を選択して、「作成」をクリックします。

五日市鳩子 大姉 ……としてみたら、

必与院湾舵娘問大姉

どんな意味でしょう? 必ず与える?湾で船の舵をとる娘に問う??
戒名らしくない変な漢字が出ることがありますので「再作成」を何回かクリックすると良いかも。

自分の写真をぜんぶ燃やしちゃったとき

22〜23歳ごろのことでした。
あたしは、なんとなく気分がウツ状態で、
部屋にあった子どものころからの写真を集めて全部、燃やしてしまいました。
男の子の姿で写っていた写真を全部、ということです。

ここまで書くと、すごく深刻な話に思う人もいるかもしれません。
とても悩んだ末に、これからは女だけで生きて行こうと決意したみたいな?

その"事件"の少し前に、ある雑誌のインタビュー記事で、ある女性シンガーソングライターが、同じように写真を燃やしたという記事を読んだことがありました。それで、自分が憂鬱な気分になったときに、そのことが頭をよぎり、とっさに真似してみただけなのです。ただそれだけの話。

人の行動は、模倣に始まるともいいます。友人が男性と逢ってきたと聞けば、自分も真似て、男性と逢ってみたくなります。でも男性と逢った後に起こる出来事は、模倣ではないと思います。けれど、写真を燃やした場合は、その後には何も起こらないのです。
そのときの憂鬱の原因が何だったのかは、よく思い出せません。写真を燃やしたことだけがはっきり記憶に残っています。
こんなあたしの日記でも、どなたかの記憶に残ってしまって真似する人がいないとも限りませんので、自己責任でお願いします。
あとで小学生までの写真が少し実家に残っていることがわかりましたが、中学生以後の写真はみんななくなってしまい、後悔しています。

癒しのトランスジェンダー論

トランスジェンダーとは、広い意味では、ただの趣味的な服装のトランスから、外科手術などによる女性化状態(または男性化状態)までをいうのですが、この「から……まで」という表現には、進化論的な意味は何もないというのが重要です。また、半陰陽やら、伝説上の両性具有物語までも含めてしまいます。
狭い意味では、大きな肉体改造までは求めないその手前で揺れ動いているような人をいうのですが、ここでも「その手前」とは、1本の道程上のことではないわけです。

けれどあえて手前というのですが、なぜ手前でとどまるのかといえば、実生活上の便宜やら、健康へのリスクうんぬんの話は本質的な問題ではなくて、改造された肉体を手にしたところではたして本当の心の解放はあるのだろうかという根本的な疑問があるからだろうと思います。どちらに進むにしろ、心理学的な意味ではなく心がどう癒されるべきかという問題は避けられません。
そのことが、このブログのテーマになっていると思います。

あえて「手前」と言って一直線上にすべてを置いて見たとき、すべての行為は挫折であることを、どう受けとめるべきなのでしょう。
もっと文章を続けようと思いましたが、ちょっとひと休み (-.-)

ブログを始めたころ

2年前にブログを始めようと思ったとき、最初は「はてなダイアリー」をレンタルしようと思いました。そうしなかったのは申込条件の本名やら正しい住所やらの言葉にひっかかりを感じたからです。その後、他社で顧客情報流出事件などが頻発したせいでしょうか、はてなダイアリーの登録条件はゆるやかになったようです。
そのときレンタルしたのはFC2ブログです。アカウント名とフリーメールのアドレスだけで登録できました。このくらいの条件が今は普通だと思います。
その1か月後にはFC2ブログは、サブドメイン方式といって「hatopia.blog10.fc2.com」のように途中にスラッシュ(/)の入らないURLに変わり、だんだん他社に追いついて行ったようです。
今となってはFC2から引っ越す予定はありません。Yahooの検索からのアクセスがだいぶ多くなってますから。

4年近く前にHPを始めたとき、あるトランスさんのサイトで無料スペースをレンタルするのに本名での登録をすすめていたのを見たことがありますが、その人は考えすぎだったのじゃないかと思います。どこかで情報流出事件があったときでも、お詫びメールが届いただけらしいですから。Y社からのお詫びメールならYメールの迷惑フォルダには振り分けられないと思いますが、他社からのだったらわかりません。

哀しきトランスジェンダー

就職難なので、ニューハーフにでもなってみようかという若い人もいるそうですが、実際は体育会系の男社会だったりして、思い描いたようにはいかず、世の中はそんなには甘くないらしいです。
最近は売れなくなったホストがニューハーフに転職したり、その逆もあるような、Mさんのお話。

トランスするのにそれが本人の意志によるものなのか否か、という分類法がありましたが、「就職のため」というのはどうなるでしょうか。どちらにしても、分類の意味にどれほどの価値があるでしょう。哀しきものはトランスです。

女装(じよそう)の被葬者」のところで書いた「古代の二人の首長」の話は、鳥越憲三郎という歴史学者の本にも出てきます。年少の弟が皇位を継承する末子相続が古代に多かったのは、兄が政治、弟が祭祀という分業統治だったからだという説です。当然天皇は女装のようになるでしょう。
こうした統治形態が地方の村々にまで行われていたとしたら、祭祀者になりたいという年少者たちが何人もいたとしても不思議ではありません。事実、皇位継承争いをはじめさまざまな事件は歴史をにぎわしています。年長者たちの権力に対して、年少者たちは、別のものを求めたともいえます。

となると、歴史上の王や、祭祀での女装は、「個人の意志」によらないモノと分類されてきたことも、大きな疑問になるわけです。

ブーツは苦手

ブーツは好きではありません。O脚だからです。
自己流の訓練で、ひざとひざはくっつくくらいにはなったのですが、ひざから下は曲がったままなのです。
こんなページも見てみました。
http://www.sheport.co.jp/site/alpha-wave/lecture/file1.html
ほかの「O脚矯正ブーツ」の販売サイトを見ると、要するに中敷きの外側を厚くして、脚が内側に立つようにする仕組みのようです。でもそれだと、ヒールの外側だけますます減りやすくなってしまうんじゃないでしょうか……?。短いブーツのほうが良いのかも。

SとM

SとMでいうと、Mっぽい人の要望のほうが具体的で面白いと思っています。
実際にしたことではありませんが、
太ももで首を締めてほしいとか、なにかを飲ませてくれとか。
それからブーツを脱いだばかりの足の指をなめてくる人とか。
脚フェチの人はMっぽい傾向があるような気もします。

メールでは、Sの方は具体的なことは書いて来ません。こちらの趣味を確認してからでないと嫌われると思うからなんでしょうね。
その点、Mの人は、そんなことはおかまいなしで、最初から女王様みたいに呼んでくれます。

写真は某撮影会での古い写真です。S役が皆無とのことで、人のいやがる仕事をつい引き受けてしまう性格のため(?)、S役でした。

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