着地点はまだ見えず

もう一つの『トランスジェンダーな日々』にいただいたコメントに関連して、
「トランスジェンダー 生き方」で検索して、石倉由さんのブログを見て来ました。
ヒットしたページは書籍の紹介ページでしたが、こんな言葉が目に止まりました。
> 個人的に「手記もの」に対して非常に批判的ですが

鳩子も当事者の手記ものは大の苦手です。だって辛くなるでしょう。
映画やドラマも見たくないし、見ない、実はそれが本心です。

意外に共通点があるものだと感心して、他に2ページほど見て来ました。

> http://ish.parfe.jp/tr/archives/000925.html「認められないこと」の価値を認める
これはトランスセクシャル(TS)が、女性として「ノンカム完全潜伏」という「着地点」に達したときは、平凡な女性となり、それまでの全ての努力の痕跡は伏され、それは誰にも「認められない」努力なのだという話。そのような孤独感。最後に「こういう時こそ神様という絶対的な第三者の出番なのではないか」とあります。

鳩子のブログなどでは、古代からの歴史、芸能者たちを含めて、最初から「神」の姿がちらついています。けれど着地点は見えず、イメージの果てにさえあるものなのかもしれません。そして伏せられているのはピエロの限りない孤独なのかも?

もう一つは
> http://ish.parfe.jp/tr/archives/000853.html 後悔したっていいじゃない

このブログでしたか、寅さん映画の中の岡田嘉子の台詞「後悔のない人生なんてないんじゃないかしら」のことをどこかに書いた記憶があります。

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コメント

まりっぺ : 2006年11月28日 12:09

マジョリティへの昇華
リンク先のブログを一通り読みました。
トランスセクシュアルの最終目標は、トランスセクシュアルというマイノリティから女というマジョリティへの昇華なんですね。

これは他の同性愛とかセクシュアルマイノリティにない人生観なのでしょうか。
ところでトランスセクシュアルが女になったとき、普通はその世界から決別するのが当然の行為だと思われますが、この方はこういうトランスセクシュアル系のブログを開設している以上、まだ元いた世界に未練があるのかもしれませんね。

鳩子 : 2006年11月28日 15:09

逆説のマジョリティ
そのページでも神様の助けの話の前に、カムアウトした友人やパートナーによる支えの重要性が書かれています。実際には常に着地点の手前にいらっしゃるのでしょうから、そうした支えが重要でしょうし、本人の意識の整理のためや、同じ立場の人へ語りかけの意味で書かれているものと思います。
それが立場を越えた共感として、私からも「認めることができる」のですが、まあ多分に逆説的な表現もあるのかもしれません。

> これは他の同性愛とかセクシュアルマイノリティにない人生観なのでしょうか。

よくわかりませんが、一般のTSさんでは、心は全くノーマルな女であって、男性との恋愛もノーマルな異性愛であり、要するにノーマルなんだという見方もあるようですが、
個人の明確な目標のために自分を高めていくような求道的なところに特徴を見てしまいます。でもそれを伏せなければならないというのは、逆説の人生観ですから、
ノーマルとかマジョリティというのも一種の逆説だと思います。石倉さんのブログの魅力は、そういった逆説にあるのかも?

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