困った基準

トランスの世界ではよく性的指向性という言葉を聞きますけど、よくわからない言葉ですね。性的指向性とは要するに男が好きか女が好きかみたいなところもありますが、人間というのは、相手によってどうにでも変われるものなのかもしれませんし……。

自分を最初からこうだと決めてしまって、それを理解してくれる異性がなかなか現れないと嘆いている若い人も多いような気がします。そのわりに「自分探し」なんていうのが不思議なのですが、というより、どこにもいないような自分を、本当の自分だと思っているから、理解されないのかもしれませんね。そういうところは誰にも少しはあるのかもしれませんけど。
人によっては、「指向性」を決めて行動を限定することによって、心が安定する場合もあるでしょうから、それはそれで良いのでしょう。

ところでこの性的指向性という言葉は、一昔前には、MtFだと指向が男性ならトランス度が高いみたいに言われたこともあったようです。今のGIDさんたちの間ではそういう基準はないようで、GIDは「心の問題」だから服装の指向すら関係ないんだという傾向もあるらしいです。服装はどんなときでも一つの文化だったのですが、そういう新しいみたいな「心の問題」は、文化とも離れてしまうのか、今のところはわかりません。「心」の一人歩き、心のさすらいというのでもなく、心を判断するのは心しかないという超越者が旧文化を全否定すること、……ただの新ビジネスをやりやすくするには、前提条件が何もないのがいいのかもしれませんけど。
トランス度の基準の話にもどりますけど、性的指向性のほかに、「幼いころからそうだった」というのも、一昔前に基準にされてたみたいで、これも今は否定する人が増えているようです。でもやっぱり新しい別の基準ができてしまってるようですね。基準というのは、どっちが高いか低いかという話になるので、困ってしまいます。

Trackbacks

コメント

< 1990年前後のアイドル? | top | 細く見えた理由 >