「私が私であるために」という

『私が私であるために』というテレビドラマが昨晩(10日夜)放映され、主演は相沢咲姫楽という名前の新人女優さんで、性同一性障害をテーマにしたドラマのようです。ニューハーフの女優さんらしいです。
「私が私であるために」とは、今はどんな立場の人のテーマでもありうるのでしょう。「自分探し」というのも同じようなことです。ちょっとタイトルとしては、もう聞き飽きたような言葉かもしれません。でもそれはそれで良いのかも。どんなストーリーかはわかりませんが、個人的にはリアルすぎるのはちょっと苦手です。

さて、10/3に書いた「雨上がりの大学通り」は、超短編小説で、たいした出来ではないのですが、それなりに鳩子らしく書けた面もあります。

ストーリーの最後の場面で、思い出の女性に息子がいたことを思い出すところは、単に言葉だけで思い出しているのが工夫が足りないところです。
学生時代に一度愛を告白するシーンがあってもよかったかも。そのとき彼女はもう学生結婚していて息子までいたのであきらめたとか、そして別れ際に古い万年筆なんかをプレゼントしたりして……。そして現在、散歩ですれちがったときに、うりふたつの女性が、バッグから落とした万年筆を拾ってあげたとき、「おや?」と思って、ドラマチックだったりして……
でもストーリーとしては、自分が一度、風景のようになってしまえたほうが、「私が私になる」のにいいのかも。「である」でなく「なる」ということについては前回記事で書いたような気がします。

むかし知ってた人にそっくりな人を見たという経験は、10年以上前に何度かありました。たぶんぜんぶ思い込みだろうとは思います。でも最近はそういうことすらなくなりました。想像力が貧しくなってしまったのでしょうか。けれど私の思い出に残っている女性に関していえば、ズボンをはいた女性はいないので、最近は見つけるのはむずかしいのかも。
男性については、あれからもう20年たっているから、今はこのくらいのふけぐあいだろうかとすぐに考えますが、女性についてはそういう想像はあまり働かないかも。

★追加
元の話に戻って、ドラマは見ませんでしたが、ストーリーの紹介をどこかで読んだ限りでは、やはり性自認というのでしょうか、最初から確固としたものがある「私」があって、その「私である」ことを危うくさせるようなピンチが外から訪れるといった筋立てのようです。

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コメント

まりっぺ : 2006年10月12日 00:00

見ました
全部見ました。主人公のMTFが必死になって自分らしく生きる姿に感動しました。その姿勢が家族や好きな人へ通じたのだと思います。
あまり細かく書くとネタバレになるので・・・

っていうかこの手のドラマにしてはシリアスだったし、現実の当事者が直面する問題を捉えていると感じました。けれどGIDの社会への偏見はこのドラマでも再現されてはいますが、一番知りたかった就職問題はドラマでほとんど描かれていません。あえて作者もその問題から避けたような気がします。

医学的な話も出ていましたけど、トランスジェンダーがどうやって社会と接していかなければならないのかという問題提起をここで起したわけですから、そのへんの続編を是非制作して放送して欲しいと思いました。

鳩子 : 2006年10月12日 00:00

見ましたか♪
ちゃんと見た人のコメントをいただけてラッキーです。
ありがとうございます。
まあまあの出来だったというわけですね。
もっと問題に真正面から取り組んだ続編というのは、視聴率はとれないかもしれませんが、もし作れたら、すごいことなのでしょう。
長く書けなくて、すみません

江崎 純子 : 2006年10月31日 00:00

見ました
一番知りたかった就職問題はドラマでほとんど描かれていません。
トランスジェンダーがどうやって社会と接していかなければならないのかという問題・・・などについて純子の勝手な意見をお許しください。
GIDについては、精神障害(疾患)の中に含まれます。精神障害者をようやく今年から、障害者雇用率に参入するようになりました。
全国で平成16年の資料ですが、身体障害者は34万人、知的障害者は14万人、精神障害者は1万4千人が正社員として雇用されています。
精神障害者は、治療→リハビリ→社会復帰の枠組みが不完全なために、職場復帰がうまくいかず、再発→退職→要治療→ひきこもりも多いのです。

さらに性同一性の障害は、姿形が女性であっても声が男となると、受け入れ側が少ないようです。姿形と声が高い場合は、社会参加がしやすいようですが、そう恵まれた方は少ないようです。

性転換女性(元男性)を働く仲間として、女子の更衣室の利用をさせるか、女子のお手洗いを使用させるか、そのあたりからの意識改革が必要です。女装者=変態・痴漢と思い込んでいる女性もいるので、セクシャルハラスメントの研修などをもっと職場でする必要があります。

就職難の状態の現在、何の障害もなくても就職が難しいのに、40歳代50歳代の性転換者が、雇用されるのは難しいです。大企業などに、社員数に応じて一定の比率でGIDの人を雇いなさいという法律でもなければ難しいです。

鳩子 : 2006年11月5日 00:00

病気と上手につきあう
純子さん、ありがとうごさいます。
ドラマについては、やはり就職のことまで描かれなかったということですね。
GIDは疾患(病気)とされるのですが、その病気を持つことが即「障害者」ではないというのがややこしいところなのです。
病気ですから治療によって完治が可能とされるのだと思います。事実、ごく普通にフルタイムで地域社会に何ら違和感もなく溶け込んで生活している人もいるそうです。そういう生活を希望する人が、普通の生活ができるようになるまでが「治療」というのかどうか?
年齢や容姿そのほかの問題で適応がしにくかったり、本人にあまり適応の意志がなかったりで、いろいろなのでしょう。
最初から外科的な治療や、それ以前に医師の診断すら望まない人たちもいます。トランスジェンダーの潜在人口の多さのことを考えたら、無理せずに「病気と上手につきあう」方法を考えてゆくことも大事だと思っています。それには精神医学の方法よりも、文学や芸術や哲学などに関するもののほうが、よっぽどちから強く人の心の支えになるのではないかというのが、鳩子のブログのメインテーマではあるのです。

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