10分の1のしあわせ

100個のしあわせがあるとします。
そのうちの10個のしあわせを得て人は満足します。
Aさんのしあわせのうち、9個はBさんと同じですが、1個が違います。
Aさんには、Bさんのその1個がとてもうらやましく思えました。

でも普通はそんなことではAさんは嫉妬に狂ったりはしないはずです。なぜならAさんにもBさんが持っていない1個のしあわせがあるからです。
けれどその1個を見つけられない人にとっては、しあわせが1個足りないように感じられるのでしょう。もしBさんの1個と同じものが欲しくなったら、Aさんだけが持っていたはずの1個のしあわせを捨てることになってしまいます。

 ……このあと、何を書こうと思ったかというと、親が子に嫉妬する話。
「高校時代の同級生が今もレズビアンの関係を続けているのがまぶしく見えた。でも自分の娘にはそうなってほしくない」という人にcoccoちゃんが怒っていたけど、そういうのには親の子に対する嫉妬もあるように思えたのです。

 子の10個のしあわせすべてを親は理解できません。でも子は親に理解して欲しいと思います。いちばん簡単なのは、その1個のしあわせの価値を有名なセンセイに評価してもらうことです。そういう権威づけは親にとっては理解しやすい1個のしあわせなのです。でも子にとっては、そんなのは理解でもなんでもなくて、つまらぬ権威に頼るのは自分自身の否定になるような気がして、そうやってたった一人のちぐはぐな青春を過ごすわけです。青春の挫折……それを忘れなければ、子や若い世代に嫉妬することも少なくなるのでしょう。

Trackbacks

コメント

cocco : 2005年6月9日 23:53

これいい☆
100個のしあわせ、10個のしあわせ・・・。
鳩子ちゃん、このたとえ方とてもわかりやすくてすてき。
coccoは何個くらいなのかしら。そして何個くらいで満足できるのかしら。

鳩子 : 2005年6月10日 01:17

図書館の本みたいに
図書カードで管理するほど多くなくてもいいと思いますよね ^^;;
鳩子の場合は、1つか2つどこかに置き忘れてきたような気がしてならないときもありますけど……

雨庭みどり : 2005年6月10日 21:37

幸福論f^^;
幸せ論の難しさって、分数で、30/30と2/2とどちらが大きいか…とかいう問いを
内包しているからのように思えます。例えば、29/30と2/2の比較で考えてみると、
29を得ている人の方が幸せか、それとも2しかなくても、100%の充足を得ている
人の方が幸せなのか…。これって、人生観とか哲学とか、他の要素で説明しないと
幸福論だけでは水掛け論のようになってしまいますよね…^^。
小さなな幸福に満足するか、より大きな幸福を求めて心の中に不満足を飼い続けるか…
これって、どちらも大切なことのように思えます。…難しいです^^。すみません。
私的には、結論、わからないですm(_ _)m

鳩子 : 2005年6月10日 22:31

幸福っていろいろだと思いますけど
何かを得るために別の何かを犠牲にしなければならなかったり、それで
あとになってつまづいたときにそれに気づく人、
最初から犠牲が恐くて行動も起せない人、
いろいろな中にも心の充実感という幸福はあるでしょうし、
心の傷で言えば、他人の心の傷みを解ってあげられる人が幸福なんだとも言えますし・・・。

鳩子の書く内容には、欲望を抑えようとする書き方になることがありますが、それはホルモンなどのお薬やいろんな手術、そういうものはしなかったことの理由説明の意味もあると思います。
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