子供の両性具有性とは

私が十代のころの話だったと思います。
近所に同じ幼稚園に通う同い年の男の子と女の子がいて、二人が仲良くしているところへ、どこかのオジサンかオバサンがニコニコして「AちゃんとBちゃんは大きくなったら結婚するの?」と二人に話しかけたのです。周囲の大人たちからは笑い声。……けれど私にとっては違和感のある光景でした。
ある女性が、幼い男の子から「ボク大きくなったらおばさんと結婚する」と言われて大喜びしている光景、ある場合にはそのように言わせようと会話をリードする女性。……今ならセクハラになります。
こういうことへの違和感について、世の中全体として鈍感になっているように思います。ペットにミニチュアの衣服を着せて「可愛い、可愛い」と喜んでいる女性。確かに可愛いですけれど、ペットはペットに生まれた宿命なのかもしれません。けれど人間の子供に似たようなことをやるのは問題があるように思います。

子供は本来、大人とは異質の両性具有的な存在なのです。けれど最近の大人たちは、子供を大人のミニチュアとしてしか見ることができなくなりつつあります。

5/31の記事『れんげ草の花輪』の画像は、1976年の出版物からのものですが、晩春に草花で遊ぶ少女たちはロングスカートをはいていました。60年代後半のミニスカートのブームのあとの70年代中ごろは大人っぽいロングスカートが大流行しました。そして子供服も大人の流行を取り入れたのでしょう。それは子供服メーカーの宣伝によるところも大きいのかも。そうして小学生の女の子たちも流行に敏感になってしまいました。小学生の服装だけみれば、両性具有どころか、はっきりとした女と男になってしまっているようです。(最近のズボンの流行については別の機会に)

3/3に ひなまつりのことを書いたとき、女の子の節句と男の子の節句を皆がはっきり分けて意識するようになったのは、そんなに古いことではないかもしれないということでした。戦後に「子供の日」という祝日を定めるのに、3月3日と5月5日の二つの候補があったそうです。結局5月5日になりましたが、当時の意識としては今ほど女の子の節句、男の子の節句という区分け意識は少なく、どちらも子供のお祭りの時期といった感じだったのではないでしょうか。5月の子供行事では稚児行列でお参りするような行事が多かったと思います。3月は村の子供たちだけで、神さまの前に集まってお祭りをして、お賽銭を集めに回ったりお菓子をもらって帰ったり、こういう行事が雛祭とだぶっていったのではないかということです。戦後は人形メーカーの宣伝の影響力も大きくなりました。

江戸時代のころの庶民の男児と女児の服装の違いについては資料がないのでわかりませんが、見た目の男女差は少なかったことでしょう。今の子供服は大人服のミニチュアのようになってしまいました。大人服は性別を表現するためのものでもありますから、そのミニチュアを着る今の子供たちは早くから性別を意識させられるようになっているのかも。そして子供を大人のミニチュアとして見てしまうと、子供が異性の服装をしたときは、大人の「異性装」のミニチュアとしてそういう性的な関心をもって見るわけなのでしょう。

子供はもともと何を着ても両性具有だったはずです。現代はどうなったかというと、分析するのは難しいことですが、少なくとも今の大人は、子供服に対しても性的な関心で見るようになったことだけは確かです。
「子供は両性具有だ」というと難しく聞えますが、庶民のあいだでは「七歳までは神のうち」と言った存在と意識されていたわけです。
(この記事は、18日朝日新聞に、「サザエさん」に登場するカツオくんの女装(じよそう)についての三橋順子さんのコメントが載っていたのを読んだことがあり、そのあとで書いたものです。内容の直接的な関係はほとんどありませんけど。)

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