森で出逢ったもの


ひんやりした森の中へ、急に飛びこんで行くと、
からだが急に冷えてきて、
カメラのレンズは細かい水滴におおわれてしまいます。
レンズに写し出されるものは、ぼんやりとした幻の世界。
そうやって森の中で幻に出逢うこともあるのでしょう。

男心と秋の空


「男心と秋の空」といいます。変わりやすい秋の空にたとえて「男心は……」と言われたわけですが、現代では「女心と秋の空」ともいうようです。どちらが正しいかという議論もあるようですが、今は逆に「女心は……」を支持する人が上まわっているという調査結果もあります。

「女心と秋の空」とは、女性からみれば、微妙な女性心理がわからない鈍い男が多いという皮肉をこめてのものでしょうし、男性からみれば、なかなか思い通りにならない恋の嘆きといったところでしょうか。現代では「男心と秋の空」というと、微妙な男心というより浮気の話に連想が行きやすいので、「女心と秋の空」といったほうが波風が立たなくてよいのかもしれません。

ある作家のエッセイによると「女心と秋の空」という言い方が広まったのは、大正時代に田谷力三が歌った「女心の唄」という歌が大ヒットしたことがきっかけだそうです。「風の中の羽根のように、いつも変わる女心」と歌われるイタリアオペラの中の曲で、女の作り笑顔や涙にはだまされてばかりだという男の嘆きの歌です(イギリスの諺に似たようなものがあるらしいです)。こういう心理は、今の男性が「女心と秋の空」というのとほとんど同じであるわけです。

ところで秋の空は三日ともたない、などといわれて変わりやすいものとされるわけです。けれど二〜三日はもつわけです。「女心の唄」のような恋の駆け引きでは、女心は一日のうちに何度もくるくると変わったりしますから、やはりことわざ辞典にあるように「男心と秋の空」「女心は猫の目」と言うのが一番合っているのかもしれません。

「男心と秋の空」という昔の言い方は、男が親切にしてくれたからといってその気になってはいけないという娘への戒めの意味が多かったようです。ことわざとはやはり戒めや教訓を含むものだからです。あるいは「秋」に「あきらめ」をかけて男への未練を断ち切るための慰めの意味にもなります。

明治30年ごろ流行した「さのさ節」の一節です。
 ♪あなたそりや無理よ、二三日なら辛棒もしようが、
  一年二年の其の間、便りもせずにネー居られませうか、
  まして男心と秋の空、サノサ。
この歌は、芸者さんと1年か2年に一度しか来ない男のやりとりなのでしょう。1年か2年ぶりにしか来なくても大事なお客といえば、参勤交代の武士か、季節の物を運ぶ船頭さんその他ということになります。宴席でのそういう男からの空手形のような言葉への機転をきかした返答といったところでしょうか。宴席ですから言葉遊びのようなところもあるわけです。
(本当はもっと粋な使い方の例がないかと思っています。馴染みの客の足が数日遠のいた程度のことで女から恋慕と焼餅半々くらいで大げさに言うような感じとか……。)

オペラで「女心は……」と言葉にするのは男性ですから、西洋の文学が男性主導のものだったことを想起させます。
日本で「男心は……」と口にしたのは女性たちであって、それが俗謡や大衆文学などで伝わってきたわけですから、文学史における女性の役割の重みが違うわけなのでしょう。
「男心は秋の空」とは男性が口にするものではなく、まして男性自身が「だから男の浮気は必要悪」などと居直るものでもありません。

名前の日、桜桃忌

ヨーロッパには「名前の日」というのがあります。365日に昔の聖人の名前がわりふられています。一般に人の名前は聖人にちなんでつけられますから、自分と同じ名前の日には、お祝いしたりされたり。誕生日のお祝いより盛大に行なう国もあるとか。
スウェーデンの名前の日の一覧です。
wikipedia 聖名祝日
スロバキアの名前の日の一覧。
http://bryndz.hp.infoseek.co.jp/meniny/meniny.htm

鳩子の英語名は Harriet ということですから^^ゞ、スウェーデンの一覧を探すと 8月22日に「Henrietta」とあります。これがスウェーデンでの名前です。スロバキアでは「Henrieta」は、11月28日です。すべての国で同じ日、というわけではないようです。

日本では今日19日は何の日かというと、桜桃忌。作家太宰治の命日(正確には遺体の発見された日)でした。


西洋の人名の意味については「http://www5d.biglobe.ne.jp/~ros=奇妙なポプリ」が詳しいです。Harriet(短く呼ぶときは Hattie)の意味は「家庭支配者」だということは以前にアメリカ人のSさんに教えてもらったことがあります・・・

太宰治については高校生のころハシカにかかったように(^^;)熱中した時期がありました。強い印象だったのは『女生徒』に出てくる女生徒や『斜陽』のお嬢様や奥様。数年前に『斜陽』をもう一度読んでみたくなったのですが、5、6ページ読んで止めました。あのころのイメージとは違うものを感じました(※)。全部再読してその違和感を分析するというのも野暮な話ですから、読まないのが良いと思いました。"http://todai.ameblo.jp/entry-7541cb6d7e8cb8e68250eee28c4437da.html=東大女愛のセキララ書評" に「若くして死んだ太宰の文学は、同じく若く多感なうちに読むのが一番いい」と書かれてあるのには納得です。(6/22 追記)


※ お嬢様言葉にリアリティを感じなかったとかいったことだったかも

子供の両性具有性とは

私が十代のころの話だったと思います。
近所に同じ幼稚園に通う同い年の男の子と女の子がいて、二人が仲良くしているところへ、どこかのオジサンかオバサンがニコニコして「AちゃんとBちゃんは大きくなったら結婚するの?」と二人に話しかけたのです。周囲の大人たちからは笑い声。……けれど私にとっては違和感のある光景でした。
ある女性が、幼い男の子から「ボク大きくなったらおばさんと結婚する」と言われて大喜びしている光景、ある場合にはそのように言わせようと会話をリードする女性。……今ならセクハラになります。
こういうことへの違和感について、世の中全体として鈍感になっているように思います。ペットにミニチュアの衣服を着せて「可愛い、可愛い」と喜んでいる女性。確かに可愛いですけれど、ペットはペットに生まれた宿命なのかもしれません。けれど人間の子供に似たようなことをやるのは問題があるように思います。

子供は本来、大人とは異質の両性具有的な存在なのです。けれど最近の大人たちは、子供を大人のミニチュアとしてしか見ることができなくなりつつあります。

5/31の記事『れんげ草の花輪』の画像は、1976年の出版物からのものですが、晩春に草花で遊ぶ少女たちはロングスカートをはいていました。60年代後半のミニスカートのブームのあとの70年代中ごろは大人っぽいロングスカートが大流行しました。そして子供服も大人の流行を取り入れたのでしょう。それは子供服メーカーの宣伝によるところも大きいのかも。そうして小学生の女の子たちも流行に敏感になってしまいました。小学生の服装だけみれば、両性具有どころか、はっきりとした女と男になってしまっているようです。(最近のズボンの流行については別の機会に)

3/3に ひなまつりのことを書いたとき、女の子の節句と男の子の節句を皆がはっきり分けて意識するようになったのは、そんなに古いことではないかもしれないということでした。戦後に「子供の日」という祝日を定めるのに、3月3日と5月5日の二つの候補があったそうです。結局5月5日になりましたが、当時の意識としては今ほど女の子の節句、男の子の節句という区分け意識は少なく、どちらも子供のお祭りの時期といった感じだったのではないでしょうか。5月の子供行事では稚児行列でお参りするような行事が多かったと思います。3月は村の子供たちだけで、神さまの前に集まってお祭りをして、お賽銭を集めに回ったりお菓子をもらって帰ったり、こういう行事が雛祭とだぶっていったのではないかということです。戦後は人形メーカーの宣伝の影響力も大きくなりました。

江戸時代のころの庶民の男児と女児の服装の違いについては資料がないのでわかりませんが、見た目の男女差は少なかったことでしょう。今の子供服は大人服のミニチュアのようになってしまいました。大人服は性別を表現するためのものでもありますから、そのミニチュアを着る今の子供たちは早くから性別を意識させられるようになっているのかも。そして子供を大人のミニチュアとして見てしまうと、子供が異性の服装をしたときは、大人の「異性装」のミニチュアとしてそういう性的な関心をもって見るわけなのでしょう。

子供はもともと何を着ても両性具有だったはずです。現代はどうなったかというと、分析するのは難しいことですが、少なくとも今の大人は、子供服に対しても性的な関心で見るようになったことだけは確かです。
「子供は両性具有だ」というと難しく聞えますが、庶民のあいだでは「七歳までは神のうち」と言った存在と意識されていたわけです。
(この記事は、18日朝日新聞に、「サザエさん」に登場するカツオくんの女装(じよそう)についての三橋順子さんのコメントが載っていたのを読んだことがあり、そのあとで書いたものです。内容の直接的な関係はほとんどありませんけど。)

パトリシア! 第1回

(短編小説、というか、ちょっとした空想物語を書いてみました)

 学生生活最後の夏休みも終わろうとするころ、パトリシアは思い出のY海岸に来ていた。浜辺に続く松林の中を抜けると、1年前と変らぬ青い海が見えた。
 1年前のこの浜辺で、パトリシアは、1年年長のドロシーとのひとときを過ごしていた。あの日、髪を短く切ったドロシーは、ズボンのスーツ姿。
「就職しなくちゃだからね」と照れくさそうにつぶやいたドロシー。
「生きていくためには、男のかっこうするのもしかたないのよ」
 二人はもともと女の子として生まれたわけではなかったが、成長とともに少女の服装で過ごす時間が長くなっていた。そして今の大学で知り合い、それから二人は自由な学生時代をほとんど女性のように過ごし、姉妹のように行動をともにしていた。
 1年前と同じように、パトリシアは、浜辺を素足で歩いている。長いスカートの裾がしぶきで濡れないように用心しながら、水際のひんやりとした砂の上を歩いた。あのあとドロシーは卒業して就職していったけれど、今年のパトリシアはまだ将来は決まっていない。
「あたしどうしたらいいんだろ」
 パトリシアがよろけそうになったとき、近くの岩陰に古ぼけた小さなボートが見えた。
「去年、二人で乗ったボートだわ」
 パトリシアは、周囲に誰も見ていないことを確かめて、内緒でそのボートに乗ってみた。そういえば1年前は、ラジオでは台風の接近のニュースを放送していたのに、とても静かな海だったことを思い出した。
 いつもドロシーがボートを漕いでくれたので、パトリシアはオールの使い方がよくわからない。けれどボートはどんどん進んでいった。ドロシーが遠くから力を貸してくれているのかしらと、パトリシアは思った。けれどそれは、不思議な異常な力がどこからか働いたものだったのである。ボートは次第にスピードを上げて行って沖へ出たかと思うと、突然空は暗雲で覆われ、強い風と雨が吹き荒れ、激しい嵐の中でボートは行方を失ってしまった。パトリシアはボートの縁にしがみつきながら、自分の意識が薄れてゆくのを感じていた。(つづく)

伊藤文学さんのブログ

ネットを始めていろいろ見てきましたが、ゲイの人たちのところはよく見てなかったので調べてみました。「文学系」の意味でGoogleで「ゲイ ブログ 文学」を調べたら、懐かしいお名前が出ました。
月刊『薔薇族』編集長伊藤文學の談話室「祭」
最新記事は、マイケル・ジャクソンの無罪判決について。昔の少年たちはちょっといたずらされたくらいでは誰にも言わなかったものなのに、とも書いてありました。

4月の記事には『薔薇族』復刊第1号での三輪明宏さんと対談のお写真。
この雑誌、休刊してたんですね。むかし後学のためにと1冊だけ買ったことがあります。内容は忘れましたが、「くぃーん」より倍以上厚くて値段は半額くらいでした。「くぃーん」の読者の場合は個人の閉じられた空間だけで満足している人が多いので、雑誌はそんなに売れないのでしょう。ゲイの人たちには「交際」が重要なのでしょうから情報は不可欠で、発行部数も多いのかも。
薔薇族は去年の11月に休刊して、半年足らずで復刊となったようです。今後は、中高年の読者にターゲットをしぼっていくとのこと。インターネットをあまりやらない世代の人たちということなのでしょう。活字文化が消えてしまうのはさみしいです。

伊藤文学さんのブログに『なぜ叙情画の画家にゲイが多いの?』という記事があって、可愛い少女の絵を好んで描くのは、ゲイは内面に女性の要素を多くもっているので、女性になれたらこんな綺麗な服を着たいという気持ちで描くからだそうです。そういう気持ちはよくわかります。彼らはとても観念的で哲学的なのでしょう。
トランスさんたちは着たいと思ったら着てしまいます。それで満足してしまえばそれで終わりの人が多いかも。あとは社会規範やら制度やらの問題は考えるのでしょうが、観念的なことは考えない傾向なのかも。もうちょっと考えたほうが良いかもしれませんよね。
書いたりするものでいえば、女性の描いたものに女性らしさが出るとすれば、似たようなものが出せればいいですし、微妙なトランスらしさが出てもいいかもしれません。
(『なぜ叙情画の画家にゲイが多いの?』にトラバさせていただきます。)

手のサイズ

手フェチ……が、意外に注目されているようですけれど、
手のサイズについての男女の平均データです。
手の長さ 男 18.9cm 女 17.7cm
手の幅  男 8.2cm 女 7.4cm
やはり男性の手のほうが大きいです。ただし身長は男 170.6 女 158.6 で男性が大きいので、女性の身長が170.6になるように計算しなおすと、
手の長さ 18.9cm
手の幅   7.9cm
手の長さが同じになります。幅は3ミリ狭いです。男性は腕の肘から先の部分が太いですから、手も幅広になります。二の腕は女性のほうが太いらしいです。詳細→男女のからだのサイズ

そこで自分の手のサイズを測ってみようと思ったのですが。手の幅の測り方がよくわかりませんでした。

男性と手のひらを合わせて大きさ比べをしたことが何回かありますが、平均すると、長さは私がやや小さめ、幅は目立って細いという感じ。長さは小さめなのですが、指の長さは短くはありません。指以外の部分が縦も横も小さいということみたいです。(上の写真は2004年のもの。右は本日撮影)

倉橋由美子の小説は……


作家の倉橋由美子さんが亡くなったというニュース。
むかし文庫本の小説を何冊かまとめて読みました。どんなお話があったかというと・・・・なぜか思い出せませんね^^ゞなぜでしょう。そんなには映像的でないからなのかしら。カフカの「変身」をモチーフにしたようなのもあったかもね。時間がとれたら本棚にあるのを少しまた読んでみましょう。

小説といえば、2、3日前に、短編のアイデアが思い浮かびました。書く気力あるかな……? 凝縮したものをブログで連載するのもいいかも。どんな内容かというと、わりと単純で「孤島もの」といったかんじ。

へなちょこライターがんばる

鳩子が15年くらい前に写真のように可愛かったころ(笑)、少しづつ本を読んで勉強して、将来、自分のことやトランスの歴史その他いろんなことを文章を書いてまとめようと思いました。それにはやっぱり論理的な思考を身につけなければと思いましたから、論理性とは男性的なものでしょうから、女性ホルモンは飲まないほうが良いと思いました。それで、その通り来ているわけです。

けれど最近思うのは、論理的に考えれば良いものが書けるということではないんじゃないかということなのです。それだけで何かが書けますか? 
私はもともと評論風の文章を書いたりするのは好きだったので、そういうのは論理的なんだろうと思っていました。でも最近自分のHPを見てもらって言われるのは「フェミニンな感性」だとか「女性らしい視点からの云々」とか、実際その言葉の通りかどうかはわからないのですけど、私はもともと直観人間だったのではないかしらと思うようになりました。
で、学者になろうというわけでもなし、論理とかいうことではなく、自分の好きなように書いていったほうが、それを自分で読んでみても楽しいわけです。

歴史学者の中で面白いと思うのは文学的なセンスのある人の本です。国語学者でいえば大野晋という人は文学的なセンスのある人だと思います。有名な学者さんでもそうなのですから(単なる論理性だけで書くのではないのですから)、私たちのへなちょこな論理だけで何か書いても、へなちょこはへなちょこでしかないのではないでしょうか。

当世SM事情

 ぼんやりテレビを見ていたら、サドとマゾについてどなたかがコメントしていました。最近はお茶の間でもこういう言葉が聞かれるわけです。そのコメントでは、「自己の快楽を追求するのがM、広い視野に立つのがS」というようなことを言っていました。そういう見方もあるのかなと思いました。

 けれど、むかし読んだ小説や文芸評論では、一般に女性はサド的であり、男性はマゾ的な傾向があるというのが普通の認識でした。男性は軍隊にも適応しやすく、社会では働き蜂のようなタイプが多いですし、女性は女王蜂とは行かないまでも自分のホームグラウンドを守って上手に支配するものでしょう。そういうSM論は、一種のジェンダー論のようなもので、文学青年などのあいだに流行した時代があったのだと思います。

 その後、日本の商業ポルノの世界では、写真集でマゾを演じるのは女性ばかりです。やはり女性の写真集でなければ売れないからでしょう。そして最初からそういう写真集だけを見てきた世代の人たちは、SMとはそういうものだと考えるほかはなく、「広い視野に立つのがS」といった自己弁護的な見方をするようになったのでしょうか。日常のストレスを暴力的に昇華しようということだけが動機ではないとは思いますけれど……。今のマゾ系の写真サイトを見ると確かに「自己の快楽の追求」という言葉に妙に説得力を感じてしまうほどです。映像優位の社会における一つのバリエーションといったところなのでしょう。

 男性はおそらく謙譲の美徳やら武士道やらその他もろもろの倫理観を最高のものとして論理的に思考しているうちに、言い訳と謝罪でかろうじて自我をささえるようになって、どんどんマゾの世界へはまりこんでいってしまうのかもしれません。
 女性のサドは、その本質は愛と憐れみなのです。ただしその愛は、ときには母子無理心中のように我が子さえをも殺してしまいたくなるような衝動を秘めたもので、あるいは……食べちゃいたいくらい可愛い、ということにもなるのかも。

(鳩子のホームページ、1月21日のコラム「SM談義」を改訂したものです。この件については知性のないトラックバックはご遠慮下さい)

トランス女性のベッド

 昨日見たいくつかのブログに、自分や他人のセックスについてのコメントが多かったので、たまにはこんなこと書くのもいいかなと思って書いてみます。

 4月ごろ見たある掲示板で、あるお姐さまの書き込みに、「前戯はたっぷりしてあげてくださいね、体位は女の子の希望通りにしてあげて、正常位の好きな子には正常位で」というのがありました。やっぱりその通りですよね。
 トランス女性のいう正常位とは、屈曲位に近いかたちのことです。普通の女性と違って、ちょっとひざを立てただけではうまく重なれません。腰とひざを深く曲げて、両脚が男性の腰より上にからみつくような感じです。こういう体位だとからだの密着度が大きくなることは、普通の女性でもトランス女性でも同じです。
 でも男性の動きは違います。普通の女性でこの体位だと、男性の動きは前後の動きになって、腰だけを前後に動かすような感じになってしまいます。トランス女性なら、男性は上下の動きも加わります。屈曲位なのに下から突き上げられる感じで、からだの密着度が大きいですから、密着した部分の摩擦も動きに合わせて大きくなって、感じやすくなるかも?。ふとももの裏側を男性の腰が何度も撫でていきますが、普通の女性の場合は、ふとももに男性の腰が前後に動いて付いたり離れたりするだけなのかも?

 それから娼婦ではないのでキスもしてあげてほしいですよね。上と下の両方をふさがれてる感じがいいという人は多いかも。トランス女性の場合は、この上と下とは、1つのチューブのようにつながっているのです。上と下から入ってきたものを思いっきり吸い込んだら、からだが貫かれて1つになってしまう感じ? 男性から見れば一気に貫きたいと思って入って来るのかも。これは感覚の問題ではなく、観念の問題なのでしょうね。

10分の1のしあわせ

100個のしあわせがあるとします。
そのうちの10個のしあわせを得て人は満足します。
Aさんのしあわせのうち、9個はBさんと同じですが、1個が違います。
Aさんには、Bさんのその1個がとてもうらやましく思えました。

でも普通はそんなことではAさんは嫉妬に狂ったりはしないはずです。なぜならAさんにもBさんが持っていない1個のしあわせがあるからです。
けれどその1個を見つけられない人にとっては、しあわせが1個足りないように感じられるのでしょう。もしBさんの1個と同じものが欲しくなったら、Aさんだけが持っていたはずの1個のしあわせを捨てることになってしまいます。

 ……このあと、何を書こうと思ったかというと、親が子に嫉妬する話。
「高校時代の同級生が今もレズビアンの関係を続けているのがまぶしく見えた。でも自分の娘にはそうなってほしくない」という人にcoccoちゃんが怒っていたけど、そういうのには親の子に対する嫉妬もあるように思えたのです。

 子の10個のしあわせすべてを親は理解できません。でも子は親に理解して欲しいと思います。いちばん簡単なのは、その1個のしあわせの価値を有名なセンセイに評価してもらうことです。そういう権威づけは親にとっては理解しやすい1個のしあわせなのです。でも子にとっては、そんなのは理解でもなんでもなくて、つまらぬ権威に頼るのは自分自身の否定になるような気がして、そうやってたった一人のちぐはぐな青春を過ごすわけです。青春の挫折……それを忘れなければ、子や若い世代に嫉妬することも少なくなるのでしょう。

ネーミングのこと

2、3日PCに触らない日がありました。お酒好きの人がたまにアルコールを断つようなもの。リフレッシュできるといいけど、っていうことはPC中毒になってるっていうこと?

サブタイトルを「トランスジェンダーな日々」としたのは、5月始め。KR子さんのHPに「トランスジェンダーなページ」というのがあったので、そういう使い方もあるのかなと思って真似てみたのです。MJ子さんのバナー画像に「着物な日々」の文字があるのに気づいて今日のコメントになりました。Googleで調べると、着物な××の××に入る使用例は、日々、一日、場所、映画、サイト、人、乙女……というのがありました。
「トランスジェンダーな日々」はありそうでありませんでした。他の「トランスジェンダーな」の使用例では、人、体験、夜、存在、生活、作品……といった例がありました。
HPの過去ログのコラムを「トランスジェンダーな日々」に変更したのは先週。

「鳩子の忘れな草紙」は、最初に思いついたときは「忘れな草子」という表記だったのですが、調べたら自主制作映画に同名のものがあったので、一文字変えました。

Hatopia」は2003年の末ごろから使っています。日本の社会福祉施設に同字のものがいくつかありますが、全部が「ハートピア」と読ませていて、本来は"Heart"のことなんでしょうね(この程度の英語がわからなかったわけではないと思いますが)。英語の使用例では帽子にちなんだものがいくつか。

おへそ出し(#^.^#)

もっとやせてたころにこういう写真を撮っておきたかったですね。
写真のジーンズは、ウエストの高さは普通のもので、ただずり下げてみただけでした。
新しいジーンズを買ってもいいんですけどね……^^ゞ
[YahooBlog"やっぱり鳩子"より]

女帝と幼帝

 女帝についての論議が国民の関心事になっています。けれど皇室という「家系」の後継者は、本来は天皇ご自身がお決めになるべきことなのでしょう。そのご判断は国民の希望と一致しないわけがありません。
 さて歴史上の女帝は、在位中はみな独身だったといわれます。
 飛鳥時代までの女帝は、皇后または皇太子妃から即位された例がほとんどでした。天皇とはもともと最高の神を祭る立場なのであり、亡くなった先帝が神となってそれを祭る巫女……といったイメージの時代だったのでしょうか。
 奈良時代には女性として初めて皇太子となって即位した孝謙(称徳)天皇の例があります。歴史の流れからすれば巫女のイメージを純化していったために最初から独身の女性天皇となったといえなくもないかも?。(江戸時代にとんでもない俗説が流布され、その出どこは国学派の一部かもしれません。大正天皇への俗説といい、出どこはなぜか右派勢力であるというのが、奇妙なところなのです。)

 女帝か男帝かというのが現在の論議のようですが、そのどちらにも属さない「幼帝」と呼ばれた天皇がありました。9歳で即位した清和天皇をはじめ、平安時代に多く見られます。ある特定の氏族が政治の実権をにぎるために自分に都合の良い天皇を即位させて摂関政治の時代を築いたという見方もされますが、それだけでは偏狭に過ぎます。もともと天皇は政治的な存在ではなく、いわば宗教的な存在。最近のある歴史学者の本によると、天皇家でも幼帝を歓迎した時代だったといいます。神を祭るという純粋な役割は幼帝こそがふさわしく、幼帝なら神そのものともなりえます。退位後は上皇となって天皇家を代表し、学芸の道に進み、女帝の場合と違って恋もします。さらに法皇となって僧籍に入る例もあります。
 こういう幼帝の存在は、お寺の稚児の存在に影響を与えたでしょうし、もっといろんな文化に影響を与えたと思うのですが、いろいろ調べてみると面白いかもしれません。
 幼帝のことは、マイナス面ばかりの講釈を聞くのはもう、うんざり。プラス面を理解できる知性が必要です。

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