ネクラのミカン

 お正月以来寒さが続きます。お出かけもついおっくうになりがちで、ネクラというか、おこたに入ってみかんばかり食べて……、肌が綺麗になるでしょうか?

 火を扱う職業は女性が多いかもしれない、という話題がありましたが、……でも鍛冶屋はそれとは違うでしょうね。
 ある町を歩いたとき、木製のガラス戸に「かぢや」と書いてあった店の中を覗いてみると、暗い、とても暗い土間があって黒っぽい色をしたいろんな道具が並べてありましたが、今日はそんなにネクラな話題ではありません。
 鍛冶屋職人たちがお祭りしてきた神さまは、金山神。川崎市の若宮八幡神社の境内にも「金山神社」があり、元はやはり地元の鍛冶職人の人たちが中心でお祭りした神社ということだそうです。境内にはいろんなセクシャルな形の何かを祈願した造形物もたくさんあるらしく、そういったことから国際的にも有名になったとか。4月の「かなまら祭」には、風変わりなお神輿が出るそうで、近年は神田のエリザベスの人たちが参加してかつぐ専用のお神輿もあると聞きます。。
 なぜエリザベスの人が……ということは、関係者の人に聞いたことはありません。若宮八幡神社の宮司さんは多様な性についても理解のある人らしいですが……。
 90年代の初めまでエリザベスがビルを構えていた神田岩本町にも金山神社があるということを最近知りました。近隣の神田鍛冶町や神田鍋町なども含め、付近一体が江戸時代からの鍛冶職、鋳物師、金工職人、金物商などの中心地だったそうで、そういう江戸の由緒を伝えるために戦後作られたのが岩本町の金山神社だそうです。江戸の鍛冶職人たちは、もとは金山神ではなく、稲荷神をお祭りしていたので、岩本町の金山神社自体は古くはないわけです。
 江戸の鍛冶職人たちのお祭は、11月の「ふいご祭」が盛大で、屋根からみかんを投げ、子供たちが競ってそれを拾って食べたそうです。ある年に飢饉のためにみかんの量が不足したとき、紀州から船で大量のみかんを運んで売りさばいたのが紀伊国屋文左衛門という人です。そのときの儲けを元に材木商を始めて大金持ちになったといいますから、最初のみかんの量も相当なものだったのでしょう。

次の記事にヒントを得て書きました。http://witches.exblog.jp/m2005-02-01/

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コメント

お出かけ・みかんちゃん(笑) : 2005年3月5日 22:39

「みかんの日」から推理してみました
私の推理です。
まず、11/3と12/3は、みかんの日。なぜかと言うと、毎月3日が「みっか」だからみかんの日なのだそうですが、11月と12月は果物出荷組合と農水省(昔の)が、ちゃんと決めたのだそうです。「いいみかん」と言う語呂あわせという説もありますが、(全国果実生産出荷安定協議会か○きつ部会によれば))この日が、みかんの出荷が一番多いからというのが理由とのこと。
さて、ふいご祭りが11月8日ということだそうですが、かじやさんたちが、金山神社にお供えとして備えるものの中に手に入りやすいみかんを使ったと想像できます。建て前のときに縁起物としてのもちをまくのと同様、時期的に豊富で、しかも入荷直後でいわゆる初物のみかんを配ったと言うのも自然な感じがします。
いかがでしょうか(笑)
また面白い話題、聞かせてくださいね。
いま、わたしが、調べているものの中には、「静御前伝説」があります。各地にそのいわれや、記念物があります。どれもいろんな理由で「信憑性の高さ」をPRしていますが、その理由がいろいろ違っていて、また面白いの。
ではでは、また、お邪魔します♪

鳩子 : 2005年3月6日 01:31

いいみかんですね
いいみかんで11月3日、なっとく(^o^*)
みかんはただ投げるだけじゃなくて神さまにお供えしたものなのですね。神さまの好物だったのかも。
静御前は、埼玉県ですと奥州街道のいちばん北の栗橋というところで亡くなったことになっています。でもずっと平泉までいろん言い伝えが続いているのでしょうね。
彼女は男装もする白拍子でしたが、日本ではそういう人たちは政治的に敗れて哀れで美しい存在として伝説になっていますが、西洋だったら魔女と呼ばれて排除されてしまうのかもしれませんね。

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