ノンポリ・トランスジェンダー

 鳩子のホームページやブログの内容は、一般の同類に分類されるかもしれない他のサイトと比べると、ちょっと違ったおもむきがあるかもしれません。なかなかああいうの(法律とか技術情報など)は書けません。というか、すぐに役立ちそうな実用記事さえも少ないのです。ときどきそういうのを書こうと努力している形跡はみられます。いくつかの検索エンジンで「GID ホームページ」をキーワードに検索したとき、鳩子のホームページがけっこう上位表示されたとき複雑な気持ちにならないこともありません。

 昔の学生運動の時代の諸兄姉に聞いた話ですが(本で読んだのかも?)、彼らが議論していたようなテーマのうちで、いくつか印象的なものがありました。

 その一つは、道に一輪の美しい花が咲いていて、その花を踏みつけて前に進めば人類が確実に幸福になれることがわかっているとき、君は花を踏みつけて前進できるか、というお問い掛け。
 私なら道にしゃがみこんでずっと考えこんでいるうちに、たそがれどきがやってくることでしょう。将来のことではなく今現在のことであるなら、たとえば川で子どもが溺れているのを見たとき、迷わず助けに行って、そのとき知らずに岸辺の花を踏みつぶしていたということはありえます。でも将来のことで確実にそうなるという確信を持てるのかという問題もありますし、踏みにじられた花に涙を流せることも、じゅうぶん人間の幸せのことなのではないかしらとか、あれこれ考えてしまうわけです。
 一応「ノンポリ・トランスジェンダー」のタイトルはつけてみましたが、この記事は未完です。
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この記事については。3/18 「航海日記」に少し続いています。

Trackbacks

コメント

男女平等△推進員 : 2005年4月11日 20:21

鳩子さんの感じ方、共鳴します
私は現実には、無神経に花を踏みにじっていても気がつかないくらいのガサツな人間ではありますが、あえて考えると、そういうことは、非常に重要な事と思います。
性同一性障害とか、ISとか、まったく違うけれど鬱とか、あらゆる意味でのマイノリティーとか、社会的弱者と表現される場合の女性や子どもとか、それは目の前の花と同じではないかと思います。
うまく表現できませんが、自分の名誉や金や欲のために前進しようという人間にとっては、花一輪踏んでも先へ行く必要があると思いますが、花一輪を踏まないということが目的の人間には、先へ行く必要さえない訳ですし・・・

鳩子 : 2005年4月12日 01:28

小さい花
男女平等△推進員さん、おっしゃる通りですし、また
本文に出てくる革命家が言うには、前進すれば全ての弱者も幸福になるというのですが、人間界と自然界は別のものという考えでもあるようですね。
私も子どものころは川の土手のレンゲソウの上でごろごろしたりしましたけど、お尻の下に敷くというより、自然と一緒に生きてたような感じです。
広い場所にたくさん咲く小さい花が私の好みです^^;

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