たんぽぽ


たんぽぽコーヒーは
低血圧にいいらしいですけど。

男子に女子の名前をつける

 紀田順一郎『名前の日本史』(文春新書)という本は、題名の通りの内容で、人名についての習俗や、時代による傾向・嗜好などを広く調べあげて紹介しています。

「男子の育たない家や、逆に女子の育たない家は、男子に女名、女子に男名をつける(群馬県休泊村、東京府西多摩郡)。
 男子に女子の名を付ける代わりに、女子名に「お」がつく習慣をとって、男鹿、男也、翁輔、斧也などの名を選んだ(山口県豊浦郡)。」
 (昔の政治家で浜口雄幸っていう人もいましたね)

 前半の部分はよく聞かれることです。新書判の小さな本なので、あまり詳しい説明はないのですが、「丈夫に育つように」という理由で男子に女子の名をつけるのだという話もどこかで聞いたことがあります。子どもの死亡率が高かった時代ですので、なんとか無事に育つようにという親や周囲の願いからそうしたのでしょう。
 ではなぜ、そんな名前で丈夫に育つのかというと、女子にトラとか動物や虫の名前をつけるのと同じようなものだという説明が、通説になっているようです。
 つまり幼児は幼いがためにその肉体から魂が抜け出しやすく、そのために何かにつられて神隠しにもあいやすいですし、幼児の死というのも、魂が肉体から離れてしまうためにおこると理解されました。幼児の魂を抜き取ろうとする悪霊を近づけないために、トラという名前をつけたり、悪霊をだますために男子に女子の名をつけたのだろうという説明です。悪霊にからみれば、からだの弱い男子がいると聞いて来たけれど、その家の子は女子の名で呼ばれていたので、なんだ女の子かと言って退散するしかないわけです。

 参考文献として『日本産育習俗資料集成』という本が紹介されていましたが、「日本の古本屋」で調べたら6万円〜10万円ということでした。

追記(7/9)
近年は、女子のような名前の男子がいじめられたり、親を恨んで親殺しにまでなってしまった事件もあるそうです(「まりっぺのつぶやき」で読みました)
時代が違うので、古い時代をそのまま真似するのは注意が必要かもしれません。
★それとは別に、男女どちらでも通用するような「中性的な名前」というのを、コメントに列挙してみました。そちらのほうが受け入れやすいかもしれません。

『くぃーん』創刊号

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 昭和55年6月10日発行の『くぃーん』創刊号と5号までの表紙です。10年後くらいに古書店で買い求めたものです。
 KYさんの「美容教室」という連載記事を読んでみました。自分の美しさに酔うくらいでないといけないとか、今読んでも面白いし、ためになると思います。そのほかテクニックの解説だけでないユーモラスな話など、なかなか面白く読めます。(scrapbokk 2003/7より)

航海日記

 前回の花を踏みつけて前進という話は、ロシアのドストエフスキーの小説に出てくるテーマだそうです。革命家は前進するけれど、文学者はそうはいかないというのが、議論の行き着くところでしょうか。
 けれど革命家でなくても、将来への確信をもつことは、重要なことだと思います。少々のリスクは覚悟で前へ進むことは大事です。「自分のために」何かを判断して実行することも時には必要なのでしょう……。できるかできないかは別にして。

 私が小学校3年生のときの運動会の駆けっこ(短距離走)で、すぐ前を走ってた子が転んで倒れこんでしまったので、私も立ち止まってしまったことがあります。倒れた子のそばに寄って「大丈夫?」と声をかけてみました。その子は歯をくいしばって立ち上り、一緒にゴールしたのでした。……自分のことを美談仕立て語るみたいでなんなのですが、昔は他にもたまにそういう子がいました。でも私自身、年長になるにしたがって、そういうことは自意識過剰でできなくなってゆきました。なぜできないのか、今でも情けなく思います。

 ギャンブルのように、人生のある場面でイチかバチか賭けてみることも、あっても良いのでしょう。そういう場合に、子どものころに、メンコ、ビー玉、ベーゴマといったギャンブル性のある遊びをした経験が生きてくるかもしれません。そういう遊びの経験がまったくない私にはできませんでしたけど。
 詩「橋のそばで」

道端の草花

子どものころから慣れ親しんだ花といえば、すみれ、たんぽぽ、れんげそうです。

すみれ(菫)
桜の咲くころの写真です。西洋では復活祭のころでもあり、ギリシャ神話では、すみれは両性具有的なアッティスの化身でした。日本ではやはり両性具有的な宝塚歌劇団の歌(すみれの花咲くころ)にもなっています。花言葉は「誠実・小さな幸せ・控えめ」 (写真は違うかも)


たんぽぽ(蒲公英)
開花時期を終えて種が飛び立とうとする5月ごろの写真です。「ダンデライオン」という歌もありました。花言葉は「田舎の託宣・思わせぶり」 。薬効は感冒,急性気管支炎,乳腺炎,尿道感染症など。


れんげそう(蓮華草)
唱歌の「春の小川」に「岸のすみれやれんげの花に」とあります。日本では水辺に牛馬を遊ばせるときに餌として植えたそうです。写真の白い花はシロツメクサ。花言葉は「感化・私の苦しみをやわらげる」。 薬効は利尿,解熱,リウマチなど。

ノンポリ・トランスジェンダー

 鳩子のホームページやブログの内容は、一般の同類に分類されるかもしれない他のサイトと比べると、ちょっと違ったおもむきがあるかもしれません。なかなかああいうの(法律とか技術情報など)は書けません。というか、すぐに役立ちそうな実用記事さえも少ないのです。ときどきそういうのを書こうと努力している形跡はみられます。いくつかの検索エンジンで「GID ホームページ」をキーワードに検索したとき、鳩子のホームページがけっこう上位表示されたとき複雑な気持ちにならないこともありません。

 昔の学生運動の時代の諸兄姉に聞いた話ですが(本で読んだのかも?)、彼らが議論していたようなテーマのうちで、いくつか印象的なものがありました。

 その一つは、道に一輪の美しい花が咲いていて、その花を踏みつけて前に進めば人類が確実に幸福になれることがわかっているとき、君は花を踏みつけて前進できるか、というお問い掛け。
 私なら道にしゃがみこんでずっと考えこんでいるうちに、たそがれどきがやってくることでしょう。将来のことではなく今現在のことであるなら、たとえば川で子どもが溺れているのを見たとき、迷わず助けに行って、そのとき知らずに岸辺の花を踏みつぶしていたということはありえます。でも将来のことで確実にそうなるという確信を持てるのかという問題もありますし、踏みにじられた花に涙を流せることも、じゅうぶん人間の幸せのことなのではないかしらとか、あれこれ考えてしまうわけです。
 一応「ノンポリ・トランスジェンダー」のタイトルはつけてみましたが、この記事は未完です。
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この記事については。3/18 「航海日記」に少し続いています。

手フェチ

若いころは手がきれいだったりしますよね。
懐かしいですね。(*^。^*)
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(旧トラックバック)
フェチのこだわり。
はじめまして、 coccoです。手フェチです。いままでつき合った男の名前と顔は忘れても、手は忘れません。アタシの歴代のカレを全員見ている友達は、あたしのオトコの趣味が共通していないと言います。顔と雰囲気で趣味を判断してくれるから。手を見てくれたら、ラインナップ・
2005/05/24 オンナはみんな手フェチ


チチンプイプイ


チチンプイプイ 名前: 鳩子 [2005/03/08,21:47:25] No.11723 (ホームページ:)
お住まいの地域:かんとう

さいきん迷惑メールが多くありませんか?
鳩子、困ってるの。
もっと本当のメールが来ますように
チチン、プイプイ
……ちょっとおまじないが違ったかも ^^ゞ

ひなまつり2

ひなまつりについては、女の子のあいだでも最近は盛り上がりにくい傾向があるのかもしれません。

前回追記した、「子供たちだけの行事」というのは、雪国の「かまくら」や、ほかにも大人は関与せずに子供たちだけ集まって何かをしてお菓子をもらって帰るようなお祭というのが、新年から春先にかけて各地にあるらしいです。
戦後、国民の祝日として「子どもの日」を決めるときに、5月5日と並んで3月3日が候補にあったという話を聞きました。3月3日が推された理由というのも、「女の子の祭」というより「春先の子どもの祭」という意識が強く働いてのものと思います。
もしかすると「女の子の祭」「男の子の祭」というハッキリした区分けが広く庶民へ浸透していったのは、そんなに古いことではなく、戦後のことなのでしょうね。
子どものころから性別を強く意識させるということは日本の伝統にはなかったことだろうと思います

ネクラのミカン

 お正月以来寒さが続きます。お出かけもついおっくうになりがちで、ネクラというか、おこたに入ってみかんばかり食べて……、肌が綺麗になるでしょうか?

 火を扱う職業は女性が多いかもしれない、という話題がありましたが、……でも鍛冶屋はそれとは違うでしょうね。
 ある町を歩いたとき、木製のガラス戸に「かぢや」と書いてあった店の中を覗いてみると、暗い、とても暗い土間があって黒っぽい色をしたいろんな道具が並べてありましたが、今日はそんなにネクラな話題ではありません。
 鍛冶屋職人たちがお祭りしてきた神さまは、金山神。川崎市の若宮八幡神社の境内にも「金山神社」があり、元はやはり地元の鍛冶職人の人たちが中心でお祭りした神社ということだそうです。境内にはいろんなセクシャルな形の何かを祈願した造形物もたくさんあるらしく、そういったことから国際的にも有名になったとか。4月の「かなまら祭」には、風変わりなお神輿が出るそうで、近年は神田のエリザベスの人たちが参加してかつぐ専用のお神輿もあると聞きます。。
 なぜエリザベスの人が……ということは、関係者の人に聞いたことはありません。若宮八幡神社の宮司さんは多様な性についても理解のある人らしいですが……。
 90年代の初めまでエリザベスがビルを構えていた神田岩本町にも金山神社があるということを最近知りました。近隣の神田鍛冶町や神田鍋町なども含め、付近一体が江戸時代からの鍛冶職、鋳物師、金工職人、金物商などの中心地だったそうで、そういう江戸の由緒を伝えるために戦後作られたのが岩本町の金山神社だそうです。江戸の鍛冶職人たちは、もとは金山神ではなく、稲荷神をお祭りしていたので、岩本町の金山神社自体は古くはないわけです。
 江戸の鍛冶職人たちのお祭は、11月の「ふいご祭」が盛大で、屋根からみかんを投げ、子供たちが競ってそれを拾って食べたそうです。ある年に飢饉のためにみかんの量が不足したとき、紀州から船で大量のみかんを運んで売りさばいたのが紀伊国屋文左衛門という人です。そのときの儲けを元に材木商を始めて大金持ちになったといいますから、最初のみかんの量も相当なものだったのでしょう。

次の記事にヒントを得て書きました。http://witches.exblog.jp/m2005-02-01/

おひなさま

ひなまつりはもう明日ですけれど、古い写真を出してみました。
最近の若い子では一人っ子が多いので、男の子として育てられると、ひなまつりとは縁が薄くて、盛り上がらない話題になってるかもしれません。

★3/6追記
桃の節句ともいいますが、桃が咲くのは4月ごろで、つまりもとは旧暦の3月、左近の桜と同じ時期の行事だったからなのですね。人形祭の明るさ華やかさのわりには、まだ肌寒いような季節の行事になってしまってます。

雛人形の起源の解説を読んだらいろんなことが書いてありましたが、ひなあられや菱餅を作って、春に子供たちだけで集まって一日だけ共同生活をした、という説明がなんとなく気に入っています。

ひなまつり2
前回追記した、「子供たちだけの行事」というのは、雪国の「かまくら」や、ほかにも大人は関与せずに子供たちだけ集まって何かをしてお菓子をもらって帰るようなお祭というのが、新年から春先にかけて各地にあるらしいです。
戦後、国民の祝日として「子どもの日」を決めるときに、5月5日と並んで3月3日が候補にあったという話を聞きました。3月3日が推された理由というのも、「女の子の祭」というより「春先の子どもの祭」という意識が強く働いてのものと思います。
もしかすると「女の子の祭」「男の子の祭」というハッキリした区分けが広く庶民へ浸透していったのは、そんなに古いことではなく、戦後のことなのでしょうね。
子どものころから性別を強く意識させるということは日本の伝統にはなかったことだろうと思います

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