SM談義

2、3日前ぼんやりテレビを見ていたら、サドとマゾについてコメントしていました。最近はお茶の間でもそういう言葉が聞かれるわけです。そのコメントでは、自己の快楽を追求するのがM、広い視野に立つのがS、ということでした。そういう見方もあるのかなというか、今風なんだろうなと思いました。

学生のころ読んだ小説や文芸評論などでは、一般に女性はサド的であり、男性はマゾ的な傾向があるというのが普通の認識でした。男性は働き蜂のように滅私奉公型のタイプが多く、女性は女王蜂で自分のホームグラウンドを守り支配するものという見方なのでしょう。SM論は一種の女性論・男性論として文学青年たちにも好まれましたが、日常の市民生活の中での話題になるようなことではありませんでした。

その後、日本の映像ポルノの世界では、写真集でマゾを演じるのは女性ばかりです。やはり女性の写真集でなければ売れないからでしょう。そして最初からそういう写真集だけを見てきた世代の人たちは、SMとはそういうものだと考えるほかはなく、Sをつとめるのは男性的で「広い視野」といった見方をするようになるのでしょう。今のM系の写真サイトを見ると、「自己の快楽の追求」という言葉に説得力を感じてしまいます。しかし本来のエロスは知的なものでなければならないはずです。映像優位の社会における一つのバリエーションといったところなのでしょうか。

Trackbacks

コメント

< 阪神大震災とアルバム | top | 軽石くん >