散らかってる部屋ですけど・・・

 「こんなあばらやですけど」
とは、訪問客に対して、自分の家を謙遜して言うときのことばです。
 「何もないところですけど」
というのもあります。ホームページを訪れた人に「何もないところですけど」なんて言うコメントをどこかで見たことがありますが、
うちのサイトの場合には、ちょっとしっくりこない言葉かもしれませんね。いろんなものがありすぎて。

それで最近、鳩子のホームページで
 「散らかっているところですけど」
という言い方をしてみました。……これならぴったりです。本当に散らかってますよね。

でもホームページの場合は、ページのメニューの並べかたを少し考えてゆけば、ある程度は整理されるのではとも思います。ブログの場合は、まとめかたがわかりません。実際の机の上のパソコンの周囲はもっと散らかってるかもしれませんね、よくわかりませんけど。

星のイヤリング 3

(2004/12/22のページが消えていたのでここへ復活します)

 月の光がわずかに射しこむだけの暗い夜の湖底に、突然ゴゴーッという轟音が響き渡りました。湖底を進んでいた からす丸の黒い船体は大きく揺すられ、船の中の三人の少年たちは、驚いて一つに抱きついてしまいました。
 船の中央で操縦するサワカ少年に対して、左右から、少女のカレンと、少年のコロニンが抱きついてきたのです。このとき初めて三人のからだが触れ合いました。
 しばらくしてコロニンが窓の外を見ると、白っぽい煙のような筋が横になびくように伸びているのが見えました。以前に見たことのある光景です。それは湖間地底運河のトンネルを抜けてアトヤ駅の方向に過ぎ去って行った、ムーンライト・マリンエキスプレスの軌道上に残された細かい泡つぶの煙でした。
 ──夜行列車が通る時間だったんだ。トンネルが近いとすごい音がするものさ。
 サワカがそう言うと、カレンがうなづきました。
 ──人がたくさん乗れる大きな船が通ったわけなのね。でもぶつからなくてよかった
 すると再びゴゴーッという轟音とともに、からす丸の船体はそっくり白い泡つぶの煙に包みこまれてしまいました。
 ──今度は下り列車かしら、でも煙のつぶって綺麗ね
 コロニンがそうつぶやいたように、たくさんの泡のつぶは湖底のわずかな光を反射して神秘的な光を放ちながら頼りなく浮遊していました。しかし船は視界を泡にさえぎられ、思わぬ場所へと流されてゆくのでした。

(これは「星のイヤリング」第3章の初めの部分になります。こうやって少しづつ書いてゆくのもいいかも)

2年半前のメール

2年半くらい前にホームページを始めたころは、いろんな人からメールをいただきましたよね。9割くらいは男性でした。
それで1日に10通くらい来たメールに返事を書くわけです。書き終えて、ほっとして、次の日になると、その返事が6〜7通と新しいメールが5通くらいで、前の日より増えているわけなのでした。
書けば書くほど、返事を書かなければならないメールがどんどん増えていくので、けっきょく返事を遅らせて書くようになりました。
忙しい中で書いたので、ときどきそっけない感じの書き方をしたこともあったかもしれませんね。だんだんメールも減ってきて、ちょうど良い量の時期もあったのですけど、今はさらに少なくなってるみたいで、今思うとあのころがちょっと懐かしく感じます。
そっけない返事になるよりは、返事を書かないほうが良かったかも、なんて……それはよくわかりません。
去年の夏ごろから迷惑メールが9割以上になりました。2年前くらいが懐かしいですね。

阿豆那比の罪、性別の根拠

日本の古代に阿豆那比(アズナイ、アヅナヒ)の罪というのがあり、男色ないし男性同性愛の罪のことだと言う人もあります。
仲の良かった神官どうしの関係らしいので、神官ならその服装はどうなのかしらと、日本書紀という本を確認してみました。

『日本書紀』によると、神功皇后が反乱勢力を攻撃しようと紀州まで来たとき、昼間だというのにあたりは真っ暗闇となりました。土地の古老が言うには、こういう変事を阿豆那比の罪というのだそうで、二つの社の神官を二人一緒に葬ったのが原因だといいます。一人が亡くなったときに、親しかったもう一人が泣き悲しんで、先に葬られた死体のそばで自殺したために、そのまま合葬したとのことです。そこで改めて村人が二人を別々に埋葬しなおしたら、日が輝き始め、昼と夜の区別も元どおりになったというお話です。

服装のことは書いてありませんでした。それどころか、二人が男であるとも女であるとも書いてありません。女どうしかもしれないし、書いてないんです。

なぜ男性どうしと信じられたのかはよくわかりません。まして古代に男色が罪だったなどという話にはまったく根拠がないようです。なぜなのでしょう。もし江戸時代の初期からそう言われたとするなら、武士の殉死を廃止する目的で言われたものでしょうし、幕末のことなら、たとえ罪を犯してでもという急進的な武士の感情からきたものなのなのかどうか・・・と思ったら、ネット情報ではまだ幕末に近い江戸時代後期の国学者たちが、アヅナヒ=同性愛説を言い始めたことだというのがありました。
日本書紀では、二人の関係を「為交友」、合葬を「同穴」という漢字で書かれていることから、文字からの連想がふくらんでしまったというのもあるかも。

この罪については、男色説のほかに、別々の社に属した神官だったことが問題だったという説、また自然現象をも罪と言ったことから単に日蝕のことではないかという説があります。

ところで古い文献に出てくる人の性別が明記されていないとき、どういう方法で推定されるのでしょうか。
埴輪の人形の性別は、髪型がミヅラなら男性、それ以外はとりあえず女性ということらしいです。
文献の場合はいろいろ考えられると思いますが……
職業によって性別がわかる場合とか、恋人や夫婦関係にある二人の一方の性別が明らかな場合などはわかりやすいと思います。といってもそういうのは社会的な性役割のことでしょう。ある男性の妻だからといっても、生物学的な性まで女性とは限らないはずです。

松の木の右と左

左が13年前で右が最近。同じ場所だと思います。右の写真はまだ落葉の季節には少し早いみたいです。
松の木に片手を当てて写真を撮った記憶があったのですが、松の木のどっち側に立ってたかは忘れてしまって、以前と反対側に立った写真です。

思い出の場所の写真

10/18日の記事「もう一度行ってみたい場所」の写真と同じ場所に出かけて写真を撮ってきました。

前回のときは雨上がりで、もやが立ちこめて良い雰囲気の写真でしたが、今回は明るく晴れた日でした。
緑がはっきり写っています。
背景の木々は大きく成長しています。
人物の横幅も少し大きくなってるかもしれません?

写真の出来は前回のほうがずっと良かったとは思いますが、
懐かしい場所をあちこち歩くことができて、充実した一日でした。



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