性差に関する話題が

 毎日のDiaryになって半月が過ぎました。
 8月ごろ男女のしぐさや動作のテーマにとりかかったり、月末に脳の「性別鑑定」のようなものを見たりしたため、性差に関する話題が多かったと思います。性別鑑定については今後もいろいろ突つきながら取り上げるのも面白いかもしれません。
 それらの話題のいくつかで共通して問題となったのは、やはり明治時代に大きな歴史的変化があったということです。今の男らしさ、女らしさのうち、どうも男らしさのほうが後から作られたものである面が多く、軍国化が大きなきっかけであるようなのです。それは道徳観や生活習慣に始まって個人の動作やしぐさにまで及んでいるようです。現在の社会で女性的だと思われていることが、本来は男も女もない人間らしい共通のものであったという事例も、探せばいくらでもあることでしょう。そういうわけで現代の男性は、かなり息苦しい生活を強いられるのでしょう(※)。
 けれど後から社会によって作られたものが悪いということでもありません。人間の文明そのものが後からの社会によってできたものです。文明の向かう方向に問題があるのでしょう。男や女や両方を兼ねる存在があって初めて恋が生まれ文学芸術もでき、人間の文明も成り立って行くわけで、どんな不自由な時代でも0から何かを作らなければならないことはないのでしょう。
(※ 女性はまた地域社会の援助も少なく子育ての責務の大部分を孤独に負わねばなりません)

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