9月の終り

今日で9月も終りです。
2、3日前からこれまでのDiaryを月ごとのページに編成しなおして更新です。

津田れい子さんのHPが今日で休止になりました。今までありがとう♪また逢える日を楽しみにしましょう。 リンク集はこんな感じでした〜「津田れい子の逃避行」「清楚な美人OLのようで、でも長編小説も書いてしまいます」

『陰陽師II』

 TBSテレビで野村萬斎主演『陰陽師II』を見ました。
 暗い闇で覆われてしまった都を救うために、安倍晴明が女装をして巫女になって舞うシーンがありましたが、女装の目的としては理にかなった話だと思います。表情や振る舞いがコミカルなのは、神話の「天の岩戸開き」のアメノウズメという女神を真似る設定なのでそうなるのでしょう。アメノウズメはオカメ(おかめ・ひょっとこのオカメ)のような顔ともいわれますから。
 アマテラスオオミカミとスサノオの生まれ変わりのような姉弟が登場し、弟は荒れ狂うわけです。でも顔が醜すぎます。松田修という人の本によると、この姉弟の神が出会ったとき、アマテラスオオミカミは男装していたと古事記に書かれ、スサノオの服装は書かれてないけれど、姉が男装なら当然弟は女装だったろうという話です。スサノオがヤマタノオロチを退治するときに髪に櫛を挿したのは女装だからだとは、いろんな人が言ってたと思います。

岩波新書の『性転換する魚たち』

 今日は十五夜なのですけど、違う話題。
 岩波新書の新刊『性転換する魚たち』を読んだ感想です。
 はっきり言って期待はずれ。期待したほうが悪いのでしょう。
 性転換する魚で多いパターンは、ベラという魚などで、一夫多妻の群れの中でオスが死んだときに、からだの一番大きいメスが性転換してオスになるというもの。当然メスよりオスのほうがからだが大きい魚です。オスが優位な魚社会の序列の話でした。
 逆のパターンは少しだけ。イソギンチャクに寄生して暮らすクマノミという魚は、メスが大きくて、メスがなくなるとオスがメスに性転換し、他の小さいのはまだオスにもメスにも成熟してなかったのですが、一番大きいのがオスになります。こちらはどのくらいの数の群れになるのか見落としましたが、寄生するわけですからそんなに多くはなさそうです。魚以外の海の動物については書いてありませんでした。
 20年くらい前まではこうした性転換は「種の保存」という観点から説明されてきたらしいのですが、この本の筆者は「個体の生存のため」という観点からしか見ないので、生存競争だとか、「コスト」だとかサツバツとした印象でした。メスで卵を産んで大きくなってオスになってたくさんのメスの卵に精子をかけたほうがトータルで自分の子孫をより多く増やせるとか、でもこういう社会では若死にするメスが多いのを軽視してます。より多くの子孫を残すのが生物個体の目的と語られますが、何千何万の卵が孵化しても、ほとんど大きい魚の餌になったりで、その魚の数は増えないわけです。それでも数をたくさん産ませるのが優秀なオスだという話は、なんか精子的な発想というか……? そう、精子的な見方だけではまだ半分ですよね。
 批判ばかりでごめんなさい。でももうちょっとロマンチックに書けないものかしらね。

池のほとりの散歩

今日は写真1枚です。デジカメムービーをキャプチャしたものです。

パンツルックは恥ずかしい?

 ジーンズやパンツだと歩き方もさっそうとしてきていい感じ。男物だとウエスト位置が低くて腰骨にひっかけてるみたいで、おなかが気持ち悪くなることがあるのですが、婦人物だとウエストやおなかのあたりもぴったりフィットしてガードル効果のような感じです。できれば身長も座高も高い鳩子としてはもう少しマタガミがあってウエストが高いのが希望なのですけど。写真はジーンズの裾を少しまくると良かったかも。
 白っぽい色のほうが目の錯覚で広く大きく見えますから、腰幅を豊かに見せるには白っぽいほうがいいかもしれません。Poetic Boardにはそういうのをアップしました。でも白っぽいと、おへその下の方向に……なんていうか「Y」の字のようなものがはっきり見えてしまいますね。ちょっと恥ずかしくなります。戦時中にモンペが強制されたとき、嫌がった女性が多かったという話ですが、あの時代の女性の気持ちが少しわかったような気がします。
 でも、綺麗にかっこよく着たいですね。

子どものころの遊び

 最近はもうベーゴマやメンコやビー玉で遊ぶ男の子はほとんど見かけなくなりました。
 鳩子の子どものころは、男の子たちはよくそういう遊びをしてたみたいですが、鳩子の場合はしなかったのです。ギャンブル性の遊びなので、たぶん家の女性たちが嫌ったからなのでしょう。
 ビー玉はいくつか持っていました。陽にかざして見ると、中が透き通って、細かい気泡のような粒がとても綺麗に見えました。このガラス玉の粒の中には小さい生き物が住んでいて、小さな別世界があるような気がして、不思議な気持ちで時のたつのも忘れて見ていました。
 メンコはお相撲さんの絵が描いてある四角いものを2枚向かい合わせて「人」の字のように立てて、回りをとんとん叩いてどっちかに倒れるまで遊ぶ相撲ゲームをしてました。ベーゴマは色がちょっと気持ち悪かったです。
 女の子のおはじきもギャンブル性の遊び方があったみたいですが、箱に入れて宝物のようにしていた子が多かったと思います。鳩子もどうしてもおはじきが欲しかったので、お姉さんから少し分けてもらって、いくつかのビー玉と一緒に大事に箱にしまっていました。
 一番夢中になった遊びはあやとりでしょうね。1本の毛糸で作った輪が、山になったり川になったり、そして橋になり、蝶々にもなってどんどん変化して行って……お姉さんと一緒に一生懸命おぼえました。でもお手玉はぜんぜんお姉さんにはかないませんでした。ちょっと平衡感覚に問題があるのかもしれません。
24日、130000Hitでした。

しあわせ恐怖症

 女性には「しあわせ恐怖症」というのがあるそうです。白雪姫の物語で継母(実母の話もあります)が嫉妬するように、母親は自分以上の幸福を娘に望まないので、娘も遠慮して第4、第5希望程度の男性と結婚するケースが多いんだそうです。あんまりしあわせになりすぎても身近な誰かに嫉妬されますから、そんなことで悩むよりは半分くらいのしあわせで十分だと無意識に考えるんだそうです。それと似たような理由で、性転換までは望まないという人も多いんじゃないかと思います。

小学生のころのテレビ映画

 小学生のころは、テレビのアニメ番組にも夢中になりましたが、学校から帰ったころの午後の時間帯に放送されていた外国映画もよく見ました。姉と二人だけで見たウィーン少年合唱団の映画は、音楽もとても素敵でした。アメリカの海兵隊の青年が女性になる手術(いわゆる性転換手術)をうける有名な映画、題名は忘れましたが、あの映画を見たのは、たまたま、あたし一人きりのときでした。その男優さんは、胸板の厚い立派な体格の青年で、あたしが見た日本人の大人のどの男性よりもいかつい感じがして、いかにも異国の話というか、女性になるという話では強い記憶には残っているのですが、姿かたちなどが奇妙な印象だったのを憶えています。あの時代のアメリカ映画は女優さんもコルセットでウエストを鋭角的絞ったような体形で、そういうのが好まれた時代だったのでしょう。

恋愛小説の少女に

 中学生のころ、あたしがいちばんたくさん読んだ本は、残念ながら世界名作文学ではありませんでした。いちばん読んだ本は、姉の持っていたペーパーバックスの何十冊もの恋愛小説でした。アメリカの翻訳物で、カラー印刷の表紙の絵が綺麗で、のちの「ハーレクインロマンス」のようなものなのかもしれません(性愛描写は当時はキスまでです)。
 内容は類型的なストーリーばかりで、題名を憶えているものすら一つもないのです。でも読み始めると止まらなくなってしまい、姉の持っていたものは全部読んでしまいました。読んでいるときのあたしは、ヒロインの少女になりきっていたみたいです。
 その後も小説や映画を見るときはやっぱり女の子になっていました。けれどマンガを読むときは少年になっていました。手塚マンガとかの少年の絵には違和感がないんでしょうね、たぶん。映画の男性にはとてもなりきれません。
 こういう年齢のころは、もっと文豪と呼ばれる人のものをたくさん読んでおけばよかったと思っています。

詩? 「掲示板」

ハードディスクを整理していたら、詩のようなものが出てきました。去年の春ごろのものみたいです(#^.^#)
  掲示板
掲示板でなんとなく見つけたあなたの書込み。
名前は違っているけど、あたしにはわかるの。
あなたの新しい名前の上で、マウスを一瞬止めてみる。
あなた洒落が下手になったわね。
あたしの思い出といっしょにスクロールさせてあげましょ。
どこまでも、どこまでも。目もとまらないくらいに。早く

初めてのブラ

 あたしが六年生のころ、いちばんショックを覚えたのは、いつのまにか身長が姉を越えていたことです。それまでは一緒にいることも多く、仲の良かった姉とあたしとは、何かが違うことに気づかなければならなくなったのです。
 中学生になると、同級生の女の子たちの胸のふくらみが気になるようになりました。それにひきかえ、あたしが内緒で女の子になるときの胸は、実に貧弱なものでした。
 女の子たちのブラウスの背中から下着が透けて見えることもあります。そういえば姉も胸がふくらんでいて、ブラをしています。運良くあたしは家の奥の押入れの隅に詰め込んであった包みの中から、姉の古いブラを見つけ、これを着けてカップの中に何かを詰めることを思いつきました。あたしは自分の靴下を丸めて入れてみました。そうして女の子になって鏡を見てみると、なんとか年ごろの女の子のスタイルに見え、ほっとした気持ちになれたのです。
 そのころあたしは、夜、ふとんの中で、指で自分の乳首をいじっていたことがあります。錯覚だったのかもしれませんが、指に小さいしこりのようなものを感じたことがあります。その小さなしこりが、二、三ヶ月もするとだんだんふくらんでくるのではないかと思いました。それはちょっと怖いことでもありましたが、新聞ではスポーツ競技で優勝した女子が検査を受けたら本当は男子だった(いわゆる半陰陽だった)という記事を読んだことがあり、その逆のこと……つまり本当は男の子でなくて女の子だったということが、自分のからだに起こるかもしれないと思ったのです。あたしは眠れない夜を何日か過ごしました。
 数日後、たぶんあたしに他に熱中するものができたのでしょう。他のことに熱中した途端、眠れなかった夜のことは忘れてしまっていました。何ヶ月かして、あの眠れなかった夜のことを思い出し、ふとんの中でまた乳首をいじってみました。小さなしこりのようなものは、特には感じられませんでした。その後もときどき思い出しては指でいじってみたのですが、とうとうあたしの胸がふくらむことはありませんでした。

いろんな「親」

 9/8 の"至福の「家族」"で、「村で生まれた子は、村の子であって」と書きましたが、古い社会にはいろんな「親」がいて、今ほど"独占的"な関係ではなかったようなのです。ちょっと拾い出してみましょう。
・フスツナギオヤ  へその緒を切ってくれた産婆さん。取りあげ親。
・なづけ親  命名した人。成人して改名したときの名づけ親もある。
・乳親  乳母。必ずしも母親に母乳が出なかったからという理由でもないらしい。
・拾い親  からだの弱い子を一度橋のたもとなどに捨てるふりをして、決めておいた人に拾ってもらい名前も新しくつけてもらって生みの親が引き取るという風習。
・宿親  結婚前の男女が決められた家に寝泊まりし、部屋を貸した家の主人は、宿親として結婚に力を貸す。
・そのほか成人前の女子が決められた家の子守をし、子守(親)と子の関係が一生続く慣習。
・里親や里子が慣習化している例。仲人親。長屋の大家 etc...。
大正時代の童謡で「里子」をすごく哀しい存在とした詩がありましたが、以前はそうではなかったし(皇室にも里子のような風習がありました)、子守唄もだんだん哀しい子守の歌になってゆきます。

性差に関する話題が

 毎日のDiaryになって半月が過ぎました。
 8月ごろ男女のしぐさや動作のテーマにとりかかったり、月末に脳の「性別鑑定」のようなものを見たりしたため、性差に関する話題が多かったと思います。性別鑑定については今後もいろいろ突つきながら取り上げるのも面白いかもしれません。
 それらの話題のいくつかで共通して問題となったのは、やはり明治時代に大きな歴史的変化があったということです。今の男らしさ、女らしさのうち、どうも男らしさのほうが後から作られたものである面が多く、軍国化が大きなきっかけであるようなのです。それは道徳観や生活習慣に始まって個人の動作やしぐさにまで及んでいるようです。現在の社会で女性的だと思われていることが、本来は男も女もない人間らしい共通のものであったという事例も、探せばいくらでもあることでしょう。そういうわけで現代の男性は、かなり息苦しい生活を強いられるのでしょう(※)。
 けれど後から社会によって作られたものが悪いということでもありません。人間の文明そのものが後からの社会によってできたものです。文明の向かう方向に問題があるのでしょう。男や女や両方を兼ねる存在があって初めて恋が生まれ文学芸術もでき、人間の文明も成り立って行くわけで、どんな不自由な時代でも0から何かを作らなければならないことはないのでしょう。
(※ 女性はまた地域社会の援助も少なく子育ての責務の大部分を孤独に負わねばなりません)

中学生のころの身長

 中学一年生になったころ、あたしは背がかなり高いほうで、すらっとしてけっこうかっこよく見えてたかもしれません。けれど二年生、三年生と進むにつれ、まわりの男の子たちがぐんぐんと大きくなり、卒業のころは、あたしは平均よりほんの少し高い程度のただのやせっぽちになっていました。
 自分の視線より下に見ていた男の子たちが、見上げるようになってゆき、腕は太く胸も厚くなってゆき、彼らは異次元の人種になってしまうのではないかという違和感を感じていました。あたしの身長は既に周囲の大人の男性たちよりも高かったので、彼らはそういう大人たちとも違う今までに存在しなかったような人種になっていくのではないかと思いました。その「異次元の人種」こそ、「男性」にほかならなかったのかもしれないのですけれど……。
 小学校の高学年のころは男子より女子の平均身長のほうが高く、中学卒業のころになると男子が10センチも大きくなるというデータがあります。大きくなってゆく男の子を見て、女の子たちは、時にはまぶしく思い、時には恐怖を感じ、「男女の違い」を認識して行くのでしょう。あたしの場合は、当時は「同性における違い」ということだったのでしょう(ちょっと複雑です)。
 身長が一番伸びる時期は、女子が小学校高学年、男子が中学生のころだそうですが、あたしの場合は当然にも(?)その中間で、小学校六年生から中学一年生のころでした。

もじすり草

アルバム3に「紫陽花を見に」をアップ
今年の6月のアルバムです。
そのとき、もじすり草が咲いていました。

こうやって少しづつ花の写真をアップして
だんだん増えたら
それを1つのhtmlにリンクして表示すれば
「花の図鑑」ができるかも

ダイエットの秋

 そろそろ鳩子も本腰を入れて取り組まないといけないかも。
 ゲストブックに書きこんでくれたなつさんのHPで、筋肉緊張ダイエット法というのが紹介されてました。お金もかからないし食事制限も何もないというすぐれもの(?)で、使うのは自分の筋肉だけ。
 その方法は、おなかに力を入れておなかをへこませて、それを可能な限り続けて、それが習慣になってくると、そのうちに一日中へこましたままでも苦にならなくなるそうです。もともとやせてる人はいつも筋肉が軽い緊張状態にあって、太っている人はもうおなかの筋肉はたるみっぱなし。そういう筋肉は、運動の筋肉とは違って、いくら鍛えてもムキムキにはならないそうです。そういえばここ数年なんとなくおなかの筋肉がたるんでる感じがしてたのです。
 さて、じゃあやってみましょうか。エイッと力を入れて……
 ……ふーっと息をついて戻りました。その間、2〜3分でしょうか。もっと続けなければいけないんでしょうね。
 最近ウエストニッパーをしてても何となくぼてっとしたウエストに撮れることがあります。でも「おまけ」に載せた「ブランコ」や「動く鳩子」はニッパーはしてないんですけど、まあまあに見えますよね。右の写真はちょっとエッチっぽいけど、おなかをへこませれば鳩子もまだまだ見られるプロポーションです。
 そこで考えたのは、もうウエストニッパーはあまり使わないようにして、おなかをへこませた状態でベルトをきゅっとしめて、それでベルトがきつく感じてきたら、それはおなかの筋肉がたるんできた証拠なので、またきゅっと力を入れるようにしたらいいんじゃないかということです。

男子中学生のカバン

 昨日のお尻を振って歩く話の続きみたいな話・・・
 日本の男子中学生のカバンといえば、厚い木綿の生地の白っぽいカバンで、肩から襷掛けに掛けて腰のあたりにぶらさげるあのカバンです。中身はけっこう重いので、腰の横ではなく、後ろに背負うようにしたほうが楽なカバンでした。ちょうどお尻の位置にカバンが来ます。歩きながらお尻が揺れるとカバンが揺れ、あんまり揺らして歩くのは恥ずかしい気になります。鳩子も当時は男の子だったのですが、カバンは常に腰の横にして、片手で揺れを押さえながら歩きました。男の子たちの多くは、お尻を揺らさない歩き方を覚えていったのかもしれません。
 あのカバンが導入された明治時代は、どうだったのでしょう。大人たちは、男の子の可愛い歩き方と見たのかもしれないなんて思います。当時はまだ男色的なものを色濃く残した社会でしたから・・・。でも本当のところはわかりません。当時の質実剛健の観点から言えば、腕力を鍛えるため、手さげのカバンが良いと思うのですが、なぜああいうカバンが採用されたのでしょう?

歩きかた

今の人が歩くときは、左足を出せば右手を出し、左右交互に歩きますが、このような歩き方は、明治時代の軍隊から始まったらしいです。そういう歩き方でないと近代軍隊として効率が悪かったのでしょう。そして国民は小学校のころから行進のしかたを徹底して教えこまれました。
 それ以前は左足と左手が同時に出る歩き方でした。今でも民謡の振り付けなどにはそういう動作が多く、また黒沢監督の時代劇映画ではそういう歩き方になっているというお話です。江戸時代の風俗図絵で子供たちが走り回っている絵を見ると、確かにそのように描いてあります。
 そんな歩き方をしてたら、モンローウォークのようなセクシーな歩き方はできないと思う人も多いかもしれません。けれど、実際に人が外を歩くときは、物を持って歩くことが多いので、腕は振らずに歩くことが多かったと思います。武士の左手は常に刀に手を掛けて歩き、農夫は農具をかつぎ、町娘は団扇を持ったり提灯を持ったりですし、腕を振らずにどうやってからだのバランスをとるかといえば、腰を振るしかないでしょう。和服の後ろ姿は、お尻の形や揺れかたがはっきりとわかるもので、和服はお尻のセックスアピールに適した服装なのだと言う人もいます。腕を振らなければ自然にお尻を振るようになるのは、当たり前ですよね。

男性の理想

 男女の性差の特徴として、男は自立心が強く単独行動を好み、女は依頼心が強く集団行動を好む、と書いてあるHPがありました。どうでしょうね? なんとなく、恋人どうしや夫婦関係の中だけのことを言っているように見えます。女性が彼と一緒にいたいという気持ちを「集団行動を好む」と表現したのでしょうか。
 人類の歴史をふりかえってみれば、いつも群れて行動してきたのは男性たちのほうです。狩猟にしても、戦争にしても、男性たちは一糸乱れぬ行動が得意でした。そのような行動では、上下の指揮系統が徹底していなければ危険に陥りますから、それが人間の上下関係に発展して、政治集団もできあがります。
 女性はいざとなれば一人で出産も子育てもできます。他の女性たちと嫉妬しあう関係よりも、身内の中での関係を好むのかもしれません。家を守ることがとても宗教的だった時代には、女性はみんな巫女だったのでしょう。時代は婿取りの時代から嫁入りをする時代に変わってゆき、それはつまり、古代からの神が力を失った時代になった証拠なのかもしれません。
 孤独な詩人や芸術家、孤高の学者、頑固な職人さんなどは、組織に生きる男性たちの憧れの存在です。才能さえあれば自分だってと思うでしょう。そこで男性たちは、せめて身近な技術やメカなどに没頭してゆくことになります。男性たちの憧れの芸術家や学者は、戦争社会が作り出した偽りの男性像とは違った、理想の男性の姿なのだと彼らは直観しているのかもしれません。

不思議を旅する

今日は写真だけ、だったので以下を補足

4日、雨庭みどりさんの居酒屋日記を見ました。
とくに印象に残ったのは「不思議を旅する」というエッセイ。
むかし見たような懐かしい風景に出会って、もしかして少年の日の自分に出会えるのではないかという思いにかられて、さまよい歩くというお話。あたしもよくそういう気持ちになることがあります。
もし少年が自分を見つけてくれても、ただの変なおばさんと思うのかもしれませんけど。^^;
そのまま現実には戻らずに、ずっとさまよい続けることができたらいいのにと思いました。

 (Pくらぶ投稿)
もう一度 名前: 鳩子 [2004/09/12,18:54:58] No.8966 お住まいの地域:関とう

今年の夏は
何かもの足らない夏だったみたいな?
もう一度、夏休みが欲しいと思いませんか?

ホームページもがんばってますから、
ぜひ見てね

髪を切るとき

あるアンケート調査によると、最近は失恋して髪を切る女性は少なく、むしろ若い男性のほうが髪型を変える人が多いというお話。鳩子もそのくらいでは変えないかも??^^;
おじいちゃんの棺の中におばあちゃんが髪を切って入れてたような気がします。永遠のお別れだったのでしょう。

ブラウス

お気に入りのブラウスです。
袖ぐりが大きくて肩のタックというよりギャザーのふくらみから袖全体がゆったりとしたブラウス。
「パフ・スリーブ」というらしいです。
つまり、定番ですよね。普通の女性と同じ細さでも肩幅が少し大きいという人なら、こういうブラウスを着ればもうカンペキです。^^*
もし着てみて脇が少しきついなと感じたら後ろ姿はもう完全にアウトですから、とにかくゆったりとしたものを着て、気持ちもゆったりと……。

今日からDiaryのデザインを変えてみました。9月1日からのぶんを同じデザインにしました。

時計が7日に切り替わるころ、120,000Hitだったようです。 いちおう7日ということにしておきます。

至福の「家族」

 日本にキリシタン宣教師が来るようになって、何十年もたたない時代の話です。当時の宣教師の日記によると、日本の娘たちは非常な慈悲深い態度で村の何人もの若者たちを迎え入れたといいます。宣教師の立場からみても、娘たちの態度は決してみだらなものではなく、深い慈愛に満ちたものだったと記録しています。また諸国を修行している僧が村を訪れたとき、その僧が村にとって幸運をもたらす存在であるなら、宿を貸すことになった家のあるじは、その夜、よろこんで妻を差し出したという話も多いのです。子のない夫婦が有名なお寺に何日もこもってようやく子を授かったという奇瑞の話や、村祭りの夜の話、村で生まれた子は、村の子であって、それ以上でもそれ以下でもなかったのでしょう。家族という意識は薄かったのです。継母と継子の物語は数多くありましたが、父の存在に疑い悩む子の小説が作られるのはもっとずっと後の時代の話です。村という狭い範囲での平和な生活は、そのようなけがれなき慈愛に満ちた女性たちが中心になっていたのでしょう。
 少なくとも父系的な家族制度は明治時代からのものです。明治になって納税主体が、村単位から家族単位になり、物納でなく金銭になったのも、新しい家族制度のきっかけの一つかもしれません。家の格差がお金で決まるようになり、庶民が初めて「家」を意識したのはそのときだったかもしれません。村の若者組もいつのまにか国家の軍事組織の下にくみこまれて、従来の村社会とは、否定的なもの、古い役に立たないものの温床のような宣伝が始まりました。慈愛に満ちた娘たちも、村の枠を越え、長者を夢見て、からゆきさんと呼ばれるようになったころは悲劇の一歩手前だったのでしょう。
 お金のことは、わたしたちでも自制できますが、村の枠を越えるなということは不可能なことになりました。でも過去の時代の至福の生活は、幻想ではなかったわけですから、今の時代のどこかにも似たような瞬間があるのかもしれませんし……。

花の図鑑

今までの、花を背景に写した写真から拾いあつめて、「花の図鑑」というページをアルバムのコーナーに設けようと思っています。花にひきよせられてそばで撮った写真や、後になって足もとに咲いていた花に気づいた写真とか……、けっこう数があるようです。花を中心に上手にトリミングして……、でも花だけの写真では男性たちは見てくれないかも。それじゃ、御覧のように鳩子のからだの一部が写ってる写真も取り混ぜてみたり……^^;

オリンピック

昨日につづき詩集に「橋のそばで」をアップこれはSetunaさんのところに5月ごろ投稿したそのままです。

オリンピックもだんだん夢中になれなくなってきました。今回は米国の極端な不振……国内でドーピング検査が厳しくなったとかいいますが、禁煙運動と同じノリなのかも。おかげで日本はメダルラッシュ。外国のスター選手のことがあまり報道されなかったですね。自分だけ勝てばよくて他チームにスター選手はいらないというのは、どこかのプロ野球球団と同じみたい。マスコミもホーチ新聞化してる感じ。ずっと昔テレビ中継で馬術の競技を1時間くらい見てたことがありましたが、とてものんびりした優雅なスポーツでした。女子の体操選手がお尻の小さい逆三角形みたいな体形になって来だしたころから、少しづつ違和感を感じるようになりました。ドーピングもしてない鳩子より男性的な体格の女子選手もたくさんいます。「違和感」といえば、性別違和感ってなんなんでしょうね

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