綺麗なすわり方

 ホールなどで椅子に座った人たちを後ろから見ていると、男性たちが大きな背中を丸めて、小さな椅子の背もたれが壊れそうなくらい後ろに寄りかかっている光景をよく見かけます。女性たちは背もたれから背中を少し離してまっすぐ腰かける人が多いのです。中には大股開きで腰かけている男性もいます。男性だからそれで良いということはないと思います。
 椅子でも畳の上でも、男女のすわり方の違いは、ひざを付けるか少し離すかだけで、大きな違いはないはずです。腰から上の姿勢は立っているときと同じようにまっすぐ背筋を伸ばします。
 古典芸能の男性ですと、袴のせいもありますが、横から見ておしりが後ろへ膨らんで見えます。「すがる(蜂)のごとき細腰」という言葉は万葉集では男子にも使われます。「腰」とは今でいうウエストのことで、蜂のように細いウエスト、ふくらんだヒップが若い男女の魅力とされていたようです。
 それはともかく、なぜ綺麗に椅子に腰かけることができる男性が少ないのでしょうか。日本人は江戸時代まで背もたれのある椅子というものを知らなかったために、いまだに椅子になじめないのだという人もいます。

 煙の立ちのぼるがごとく
 すわった姿勢から立つとき、小笠原流のテキストをみると「煙の立ちのぼるがごとく」が基本だそうです。これはつまり腰から上の上半身がまったくぶれないで、腰やひざを伸ばして立つということです。この動作もきちんとできる男性は少なくなっています。
 なぜ男性がそれほどダメになったのかは、明治の早くから男性のほうが椅子を使用する機会が多かったためかもしれません。椅子の「背もたれ」はおそらく西洋でも身体をもたれかからせるためのものではなかったと思います。低くてふかふかのソファーにどかっとふんぞりかえってすわる習慣は昭和以後のものとは思いますが、戦後の高度成長のころ庶民家庭へも広く入り込み、流行しました。
 上体がぶれないということは、落ちたものを拾うときもすーっと腰まで落としてしゃがんで探すのが綺麗なわけです。女性ならひざをそろえてしゃがんで、上体をひねってからだの横を探すと思います。

 日本には江戸時代まで椅子の背もたれというものはありませんでした。大きな帯を締める女性や、刀を差す武士には邪魔なものですし、早駕篭に乗るときも、今の電車のつり革のような紐にしがみついていました。
 「背もたれ」は欧米語を翻訳したときの言葉ですが、国語辞典(大辞泉)では「いすの後部にあって、背中をもたせかけるもの」などという説明があります。しかし英語では「a chair back」「the back of a chair」で、つまり「椅子の背中」です。書籍の綴じた部分を「本の背中」というのと同じです。
 なぜ「背もたれ」などという訳語ができたのか、背もたれにふんぞりかえっていた人たちが考えた言葉だからなのかどうかはわかりませんが、この言葉を真に受けたせいかどうか、男性たちの姿勢が、どんどん悪くなっていったことは事実ではあります。
 背もたれにもたれすぎた姿勢を続けると、腰骨の角度がいつも後ろへ曲がって、背骨が前へ曲がるような状態になって、内臓にもよくないらしいです。車を運転する人では腰痛になったりします。あぐらをかくより正座のほうが腰が楽だと感じるような年代になって初めて背筋を伸ばす姿勢の大切さがわかる男性も多いみたいです。男性の若い筋肉が腰を曲げた姿勢を苦痛と感じなかったのかも。

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