男性拒否だったころのこと

男性拒否という感情が今もあたしの心のどこかにあるのかもしれません。若いころは、もっとずっとひどかったように思います。あたしの中にも男性的な部分があることはわかっていました。そうして自分自身を拒否してしまうことは、とてつもない悲劇の予感が感じられ、あ、またあの予感だと気づいたときは、思い切って自分のほっぺをひっぱたくように、しっかりしようと思いました。実際にひっぱたくこともありました。
 男性的なものの中にも、自分が受け入れられるものはないかと思いました。そんなとき読んだ稲垣足穂の『男性における道徳』に、「女性には衣服、男性には書物」と書いてありました。知性や哲学、男性のそういう部分を認めることは簡単でした。そしてあたし自身は、衣服と書物の両方を愛するようになりました。
 哲学や芸術なんて難しく考えなくても、実際の男の人の中には、ずっと少年のような夢をもち続けている人や、子どもっぽい楽しいいたずらを考えたりして楽しませてくれる人もいました。男性のそういう面も好きだなと思いました。
 あたしは学生時代を通じて、親しく面倒をみてもらった男性の先輩が一人もいなかったので、自分に合わない職業についてしまったら大変だったと思います。
 GIDについて書こうと思ったのですが、違う日にします。

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