歩き方のお話2

(昨日の続きです)
 二本足歩行では、二本の足がともに地面に着地している時間はほんのわづかです。それ以外は片方の足が常に宙に浮き、もう一本の片足だけで立っていることになります。一本の足でからだを支え、しかも前方へなめらかに歩行するという人間の歩き方は、哺乳動物としては奇跡の進化といえるのかもしれません。
 二本の足は、二本の平行線の上をたどるようにして前へ進みます。一本の線の上を歩くようなモデルさんの歩き方については後で述べます。小笠原流でも、つま先は内にも外にも向けずに、平行な二本の線の上を歩くように、ということです。
 二本の離れた線の上を歩くわけですから、左足が着地して右足が浮いた状態では、からだは右側へ倒れやすくなります。右足だけ着地した状態では左へ倒れやすくなります。それでも人は、どちらにも倒れずに前へ歩くことができます。
 なぜ倒れないのかが不思議です。一つには前へ進もうとする慣性の働きがあると思います。それだけでなく、腕を振ったり、腰をくねらせてお尻を振ったりして、上手にバランスをとっているからなのでしょう。肩を揺する人もいますが、肩が動くと首や目の位置も動いて、周囲の事物の位置を正確に認識できないでしょうし、そういう歩き方は論外ということにします。

 頭部は二本の線の中央の位置を保ったまま、左足を着地したときは、お尻も左へ振ってからだの重心をやや左に移動させる、右足が着地のときはお尻も右へ動く、というのが、最も自然な歩き方だということになります。それは理屈の上では男性も女性も同じです。むしろお尻の小さい男性のほうが大きくお尻を動かさなければ重心のバランスはとりにくいとさえ考えられますが、男性があまりお尻を振らないのは、後ろの足の蹴りを利用してバランスをとっているからなのでしょう。ということは、蹴る力の加減でお尻も自然に振れてくるということなのでしょう。
 明治時代から日本人には軍隊の行進のときの歩き方が学校で徹底的に仕込まれてきたそうですが、その歩き方こそが、後ろの蹴りを重視した歩き方のように思います。そうした長年の呪縛から、わたしたちのからだを解き放ってみるのもいいかもしれません。
 お尻の大きめの人が男性装で歩くときは、意識して後ろの蹴りに力を入れていると思います。そのような人が女性装で歩くときは自然に歩けば良いのです。お尻の小さい人が女性装で歩くときは、おそらく蹴りの力の加減という感覚はなかなか掴めないと思います。その場合は、まっすぐ後ろに蹴るのではなく、やや外側へ蹴るような感じが良いのではないでしょうか。二本の平行線を広くして40〜50センチくらいの平行線の上を頭部がぶれないように歩く練習をすると、外側へ蹴るという感覚が掴めると思います。その感覚のまま平行線を狭めて歩いてみれば良いのではと思いますが、どうでしょう?
 一本の線の上を歩くような歩き方でも、後ろの足は外側へ蹴るような感じになると思います。後ろの右足をやや外側へ蹴るようにすると、お尻は左へ揺れて、左足のひざも一本の線の上から左へ移動し、その位置へ右足のひざが交差してきて前へ進むような感じです。一本の線の上を歩くモデルさんの足のつま先は外へ開いています。つま先が中心線から外にあるので、つま先で外側へ蹴ることができるのでしょう。そういう歩き方は日本にはなかったものだと思います。

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