11月も終わり

11月も終わりです。
今月はちょっと写真が少なかったかも。
昨日アップした「歩き方のお話」は、何かを参考にしたという形跡がほとんどなくて、メカニズムのような傾向といい、変わったふうに書けました。

私のママはウィーン生まれ(訳詞)


今でも昨日の ことのようだわ
ママに連れられ 初めて行った
カーレンベルグの丘から 見たあの景色
ウィーンを愛する ことを知った日
これがウィーンよと あなたの街よと
指差すステファンドーム 流れるドナウ
古い家並み 別れていても
泣いちゃダメよと 歌ってた
ママはウィーンで 生まれたから
私はこの街が好き 私はウィーンが好き

今ではママも 年をとったけど
昔のウィーンの 美人のままよ
フランス美人の 燃える瞳も
トルコの淑女も なにかが欠ける
ウィーンの街の ウィーンの娘は
無邪気な心 やさしく微笑み
幸せだったわ ママのそばで
もうお別れね おやすみママ
ママはウィーン で生まれたから
私はこの街が好き 私はウィーンが好き

♪ ウィーン民謡の訳詞です。CDについてた歌詞カードの直訳を参考にしました。鳩子の詩集の「可憐丘公園の思い出」と情景が似ていたので、ウィーンの丘の名前をもじって「可憐丘公園」としたわけなのです。(11/28 鳩子のブログ)

ブログのトラックバック

鳩子のブログで雪女の記事について、高城景子さんがトラックバックしてくれました。雪女から魔女の話に広がって面白かったです。
「トラックバック」とは何なのか、解説を読むと、こちらの記事と別のブログの記事と、記事どうしで相互リンクにするということらしいです。掲示板のレスとは違います。
あたしも他の人の掲示板で長いレスを書きたいと思ったことがありますが、外部の者が長々と書くのは悪いような気がして、短くしか書き込みできませんでした。その書き込みも、同じような文章のままで自分のDiaryに書くこともしづらいです。トラックバックという形式なら、気兼ねなく自分のブログに長々と書けるんですね。
景子さんのブログはExciteのもので、スキンの種類が多そうでデザインが綺麗です。FC2もスキンの種類がどんどん増えていますから、鳩子のブログもそのうちデザインを変更するかもしれませんが、雪の写真には黒でよかったのかも。


魔女より  2004/11/28/18:30
weblogが、アメリカで急速に増加したのが、数年前。すごく魅力的なものでしたが、日本でやるには、まだまだ・・と思っていましたが、いまや、日本でも数十万の数になっていると聞きます。BBSでも、相互に情報のやり取りが見られ始めていますが、興味のない人にとっては、多くのコメントは、読むだけ損てことも多いのね。あたしのも、実験的に立ち上げたもので、どう発展していくのかわからないけれど、どうぞよろしくね。

Hatoco  2004/11/29/01:59
いろいろテストしてみるのも楽しいです。他の人も始めて増えて行くと面白いかも。このDiaryのページもブログをイメージしてカスタマイズしたものなのですけど……
Exciteでページをそっくり翻訳するサービスがあるのですが、FC2のブログはうまく行きません。FC2はまだ日が浅いのでそのうちなんとかなるのでしょうか

隣国韓国

ヨン様も来日されているようです。さまざまな分野で日韓交流が広まっているのでしょう。
ところで鳩子のホームページも韓国のBBSで紹介してくれた人がいるようで、そのBBSはおそらくパスワードがないと見ることができないようです。

24日の三橋順子さんのインタビューでは台湾での交流に出席された感想を述べられていましたが、台湾も韓国も儒教的な考えが強く、日本のように大っぴらにトランスはできない事情のようですから、ホームページで写真を公開する人も少ないのかもしれません。上記のパスワードのBBSは見ることはできませんでした。

カウンタのCGIを最初から設定しなおしたのですが、今までの設定に重大なミスがありました。その結果10〜11月ごろのカウンタの数値は実際よりかなり少ない数字で記録されていたことがわかりました。アクセスが減ったと思って、やっぱり秘蔵写真を公開しないとダメかとも思ったのですが、その必要がないことがわかりました

サポテコ族のムシェ

「ようこのとりかへばや物語」で「ムシェ」の解説を読みました。
 メキシコ南部のフチタンという町にサポテコ族という少数民族があり、彼らの社会では、とても理想的に見える性の選択がなされ、ムシェ(女性として暮らす男性)、マリマチャ(男性として暮らす女性)と呼ばれる人たちがいるそうです。
 サポテコ族の社会では、女性の服装をして女性の職業につけば、自然に女性と認められるそうです。男性とされる場合はその逆ですが、職業で性が決まるのですから、性による職業の分業がはっきり区別された社会ということになります。
 母系制社会で女性の強い社会らしく、女性の職種も多岐にわたるのではないかと思います。「語り部」のような職業は女性的だと思うのですがどうでしょう。
 もともとアメリカ大陸の先住民たちはみな、性に寛容な社会をいとなんでいたそうで、同性愛などを嫌う近代のヨーロッパ人は、それを悪魔の社会のように見て侵略の口実にしたようです。今またグローバル経済によって様々の伝統的なものが危機にひんしているともいいます。
 アメリカ大陸の先住民は、黄色人種で、言語も日本語と同じ膠着語に分類されるもので、環太平洋の古代文化には共通のものがあったのだという話もどこかで聞いたことがあります。
http://www.palette532.com/~inui/folklore/w02.html
http://www.fujitv.co.jp/jp/pub_info/pub/00-29.html
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4894340550.html

雪女のうぶ毛


山の影に降った雪は、雪女の凍りついたうぶ毛のように、こまやかで不思議な輝きをしています。
雪に顔を埋めると少しだけ暖かい感じがした記憶を思い出してみて、
顔を近づけたとき、厚化粧の自分に気がつきました。
雪を見つめているうちに、なんだか、からだの芯から冷えてきて、軽いめまいを感じました。
(Hatopia鳩子のブログ 第1回書込より)

勤労感謝の日 & 良かれと思って

勤労者の皆さま、ご苦労さま。

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(24日の記事) 
良かれと思って
 「セクシャルサイエンス」というサイトで見た三橋順子さんのインタビュー
http://www.medical-tribune.co.jp/ss/2004-2/ss0402-4.htm
 現在の問題点を網羅するような内容で、いろいろ考えさせられることがぎっしり詰まっていました。
 いちばん重要なテーマはなぜ日本だけが、当事者が病気の症状の名であるGIDを自称するのか、という点なのでしょう。問題の根は深いのですが、思いついた断片を書いてみます。
 日本人は可哀想な人の話に弱いですから、経済的に貧しい人たちが少なくなった今は、可哀想な話にやや過敏に反応することも多くなりました。地震の被災地にはかなりの義援金等が集まっているようですし、それは良いことなのですが、北朝鮮拉致の被害者への同情は過剰になると政治的に利用されそうで怖い話です。
 逆境に立ち向かっているような人には、少々のことは目をつぶってひたすら応援しなければならない、というのは、松井選手が打てない時期があっても技術的な批判はしない今のスポーツ報道も同じです。オリンピックの報道も、応援番組のようになってます。メダルを取れなかった人はそっとしてあげようという感じで、反省や今後の決意などを聞くことはできません。
 あるいは、「良かれ」と思ってしたことは全て善であるかのような考え方。クリスマスがこれだけ盛んになったのは、バブル経済崩壊以後で、つまり年末商戦で少しでも日本の景気がよくなればということだった、という見方もあるようです。景気のためだから細かいことをあれこれ言ってはいけないという国民の了解事項になっているようなのです。
 古い世代の人たちは、からだの具合が悪くても人前では普通にニコニコふるまうのが他人への思いやりと思って来ました。病気といった次元ではないところで、性別の問題を許容してきた社会だったのでしょう。

だんだん寒くなると

マゴにも衣装?
ずっと以前の話ですが、お手紙をくれた人に電話をするときは、お化粧をして、服装もちゃんとして出かけて、公衆電話からしてました。そうしないと相手の人に悪いような気もしたし、自然に女の子らしい話し方ができると思ったからです。
最近はメールを書くのに、服装はあまり気にしてないようなところがあるかも。パソコンの前にすわるときは、ちゃんとひざをつけてすわるようにはしてますけど……^^ゞ

だんだん寒くなると 鳩子(Hatoko) ( 関東 / 170cm x ??kg x ??歳 )
【 タイトル 】★ だんだん寒くなると
【 メッセージ 】
★ こんばんは♪
だんだん寒くなると、ついお出かけも おっくうになってしまう鳩子です。
お誘いがあるといいのかも?
HPは「鳩子」で見つかるかも
登録No,146

怪我の功名

HPにある写真の中には、足に怪我をしてたときや、火傷がまだなおってないときの写真があります。包帯をほどいてストッキングをはいて……そんなふうにしたことをなんとなく憶えています。突き指をしたときも包帯はほどきましたが、傷はなかったので写真ではわかりません。だからいつのことだったかもう忘れました。あたしはよく怪我をする人なのかも。
いちばん長引いたのは20代のころ両脚のふとももの筋を痛めたときでした。階段の昇り降りがいちばん大変でしたが、歩くときは、ひざが少しでも曲がると太ももに負担が来るので、ひざをまっすぐ伸ばして慣性とバランスで前へ進んで行く感じです。たぶんそういう歩き方のほうが綺麗に見えたと思います。怪我の功名というのでしょう。男装のときはお尻があまり振れないように意識して歩くのですが、脚が痛くてはムリはできません。

世代の話の続き

1980年代に松田聖子という歌手は、子どもから大人まで国民の各階層に比較的広く人気のあった歌手だと思います。それ以後はそういう歌手は出てないと思います。テレビも一人一台の時代になって、世代を越えた支持がなくても売れる時代になったというか、低コストで売るには、ユーザーを限定したほうが効果があるのでしょう。
そのころ総合雑誌というのもなくなりました。総合雑誌とは、かの『婦人公論』とかそういう雑誌のことです。ファッションの雑誌はファッションだけ、バイクの雑誌はバイクだけということになりました。なぜそうなったかの分析によると、雑誌は広告を取らないとやっていけない、企業から広告を取りやすくするには読者を絞った内容にして、料理の雑誌なら料理に興味のない人は買わないので、関連企業の広告を取りやすい、ということを広告会社の電通が思いついて、広告会社の主導で雑誌の企画が次々に出版社に売りこまれたという話でした。
歌謡曲の話に戻って、最近のJPopの歌詞をよく聞くと、傷ついたことがあったけど頑張って行こう、という似たような内容しか耳に残らないのです(申しわけないけど)。同じ歌を好きな人がいるという共感がなかったら、それでも好きだといえるでしょうか。でも今は、一つの独立した作品ということではなくて、若い人たちの社交の場を抜きに語ることはできないのでしょう。ミュージカルの挿入歌だけ聞いて意味がわからないといってるようなものなのでしょうか。

世代と小グループ

 本屋さんの子どもの本のコーナーへ行くと、「一年生の童話」みたいなタイトルで「六年生の童話」まで揃っていることがあります。お母さんが子どもに買い与えるときに、迷わずにすむそうです。それで五年生の子はもう「四年生の童話」は読みません。本当はどの本も面白いのにね! それから日本人は大人になると童話は読みません。最近は若い女性で童話の好きな人は多いですが、それはマニアックな話で、一般の人は読みません。童話は子どもが読むものだからという考えがあるからです。世界の児童文学の名作といわれるものの多くは、家族そろって親しむための物語というか、いわばホームドラマですが、そういうのばかりだそうです。
 焼跡派とか闇市派とか、世代論も日本人は好きなのかも。いろんな人の会話を聞くと、自分より少し下の世代は全く新しい感覚の世代で自分が旧世代の最後だなんて、そんな話をする人がどの世代にも多いです。ファッションや流行語などの共通体験があるのが同世代ということでしょうか。
 学生だけが使う隠語というのも昔からありました。ほかにもいろんな小さいグループを作るのが好きな人種のようで、グループ内でしか通用しない言葉がどんどん出来てゆきます。お役所や特定企業内でしかわからないような漢字音読みで聞いただけでは意味もわからない言葉も多くて、それを結婚式のスピーチなどで平気で使う人も多いです。言葉だけならいいのですが、狭い範囲でのルールを外へ持ち出す人もときどきいます。成人式で暴れる若者や、政治家や官僚の不誠実な態度は、そのたぐいなのでしょう。

古い写真の松の木

古い写真の中に
松ぼっくりが写ってないか
探してみたんだけど……

ありませんでした +.+)

栗のトゲは痛いです。

栗ごはんは、お惣菜屋さんでも売ってるかも

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Setuna  2004/11/17
あたしってば.....よく......
まつぼっくり......合戦 (・・??????
やったです......もりあがるです.......けっこう......(^^ゞ

う〜ん......いがぐり合戦は.......
ちょっと......きけん.....あぶないかもしれない.......

んじゃっ (*^。^*)
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Hatoco  2004/11/18
そういえばこれ感想レスできるんでしたね♪^^*
松ぼっくり合戦というのは、広い松林のあるところだったんでしょうね。松ぼっくりを拾って大事にポッケにしまって家に持って帰ったことがありました。
どんぐりがたくさん落ちてるところを見つけたときは、宝の山を見つけたときみたいにごきげんでした(^-^)
栗は中の実を取り出そうとしてよく指を痛くしました。くるみを石で割ろうとして指まで打ち付けてしまったことも(>.<)
秋はおいしいものがたくさんありますよね〜

七五三

昨日書いたようなことは、もっと長く解りやすくしてDiaryでなく1ページを設けてアップしたほうが良かったのでしょう。
七五三でした。4月4日がなんとかの節句と言いますが、子どものころからそういうのを大人が決めてしまうわけにはいきません。というより、七歳ぐらいまでは男女の区別はあまり意識しないで育つのが良いというのが普通の考えだと思います。

古代史いろいろ

 平安時代に、刑罰を受ける者も執行する者も、どちらも女装のようないでたちだったらしいのですが、執行する側はともかく、罪人のほうは、その女装は古代の中国にあった去勢の刑と関係するのかと一瞬思ったのですが、よくわかりませんし、たぶん関係ないでしょう。日本では刑罰としての去勢というのはなかったようです。
 「バルバロイ」というサイトの説明では、古代の西アジアかエジプト方面では、戦いに勝った王は、負けた王を去勢してその陽物を食したとのことです。それを通して旧王の政治・軍事・その他の支配力を継承するのが目的らしいです。力を弱めるという意味での女性化=被支配といった父性原理的な考え方はまだなかった時代の話です。力を削ぐといったマイナス要因で見るのでなく、何かの新しい再生のしるしという意識です。
 日本で刑を執行する担当官は美しい女装のほかに容姿も美青年でなければならなかったらしいです。松田修によれば、罪人といえど同じ人間であり、刑の執行は仲間を売り渡すような拭いきれない犯罪以上の後ろめたさの伴うものだからで、そのための贖ないの行為としての女装なのだそうですが、やっぱり罪人から何かを継承するからなんでしょうか? 熊襲タケルが罪人なら、征伐するヤマトヲグナも女装の美少年でなければならないわけで、タケルという名も継承するわけです。ともかく古代では、私利私欲による罪というのはありえず、罪人はすべて政治犯、あるいは単に敗れた者のことだったでしょうから、罰するほうは大変です。贖ないの女装というのは、神としての罪人の女装から何かを継承することによって、かろうじて贖ないが成立できたのかも。ところで日本の古代史で処刑された皇子たちが最後に女装をしていたことは間違いないのでしょう。

すすき

すすき、すきです ^^*

 お市っちゃん
(今年の2月のDiaryに書いたけど載せなかったもの)
古い録画ビデオを見る。時代劇で『雪の渡り鳥』(長谷川伸原作、長谷川一夫、山本富士子主演)
お市という娘が思う男とは結ばれず、男の友人で父のすすめた男と夫婦になるのですが、男はお市夫婦の幸福と故郷の平和のために命がけの喧嘩もして罪人となって去ってゆくというお話。思う男と結ばれなかったのは、お互いが面と向かってただ言えなかっただけの話なんです。
1,人生の岐路で「あのひとことが言えなかった」ために、その後は別の道を歩んだのかもしれないという幻想。
2,今の幸福が親しかった人の犠牲の上に立っているという、おそらく誰にも思い当るのではないかと思われる普遍的な事実。
(箇条書の2項目を詳しく書こうと思ってそのままになってしまいました)

真剣勝負(?)だったセルフ撮影

昔の写真です。最近お部屋でのこういう写真を撮る機会が少ないです。
銀塩カメラの時代は、こういう写真を撮るのは本当に真剣勝負でした。現像に出して女性に見えない写真ができたら怖かったのです。
カメラのすぐ後ろに姿見を置いて、からだのラインにムリがないかチェックしながらポーズを決めます。女性の写真集を参考にしてもできないポーズというものがあります。姿見を見ながらですから、カメラアングルも単調です。ローアングルからなんていうのもありません。
でも懐かしいですね

紅葉の季節

今年の紅葉もだいぶ色づいてきました。
でもこちらではまだ緑色の葉も目立ちます。
今年は少し遅れてるみたいです。
高原地帯ではもう真っ赤に色づいてるでしょうね。
いずみさんのハートも色づいてますか? ^^ゞ(11/11いずみさんBBS書込より)

今年の紅葉は遅れ気味で撮影の日はまだ少なかったのですが、写真では紅葉の向こう側から太陽が照らす位置だったので良い色に撮れました。

この日の最初の日記記事はWIndowsXp SP2のトラブルの話でした。

5×?年後

10月末に書いた「熟年離婚」とは違うけれど、
これからの世の中、定年になったら男性を止めます、という人も出てくるかも。男性として無理をしながら充分働いてきました、これからはもう好きなようにさせてください、という感じ。
問題は……、その年齢になったとき、外見も含めて、そこそこの魅力的な女性になれるかどうかですよね。それが心配。あまり先のことはわからないので、せめて5年後にあまり見苦しくならないような努力をずっと続ければ、5×?年後もなんとかなるかも?

月見草

富士には月見草がよく似合うそうですが、月見草は群生する植物ですから、夜の闇の中で野原一面の月見草があちこちでほぼ同時刻に咲き始め、それが青白い月の明かりに照らされて、富士の裾野を覆い尽くすかのようにまたたくまに花の群れが広がってゆく映像を見たことがありますが、とても幻想的で神秘的でした。人知れず一輪だけひっそり咲く花ではないんですね
(月見草は、マツヨイグサの異称。開花時期7〜9月)

Hatopian Girl

Hatopian Girl とは、何のことかわからない人が多いことでしょう。あたしもわかりません^^ゞ
何か英語のキャッチフレーズを辞書を片手に考えてみました。新しく別の形で生まれ変わり、よみがえった女というイメージで調べてみたら……。
 The sweet memory rose into my mind.
 (あの甘い思い出がよみがえった)
このroseはバラではなく、湧き上がるという意味のrizeの過去形。rizeにはほかに出世の意味もあるそうですが、俗語で勃起の意味もあるようなので×です。
 I recalled the scene vividly.
 (その光景がはっきりよみがえった)
recall では欠陥品みたいだし、"recall girl"ではちょっと変。動詞ではなく形容詞を探したほうがいいのかも。
2、3日前にアルバム3「モノクロームの九月」をアップ

渡り鳥の鴨さん


渡り鳥の鴨さんも
もう来てました…… (*^。^*)
(先月下旬の写真)

15パズル(15万ヒット記念)

11月4日アクセス15万になりました。

15万記念ということで水着の写真を使った15パズルをアップしました。
ちょっと表示が遅いかもしれません。それから、完成写真を見るよりも、ばらばらのままの部分写真のほうがHな感じがします。
Javaで速いのがありましたが最初から完成図が表示されるものだったのでこちらになりました。
(のちJavaのものに変更)

 HPを始めたころはのんびりペースだったけど、多かったメールも少なくなって、それでPくらぶとかあちこち宣伝に行くことも多くなったし、リンクも増えたりで、いつのまにか15万。一人で内緒で見てくれてる男の人が多いんでしょうけどね、嬉しいです。
 infoseekといえば楽天、プロ野球チームをもつことになったみたいです。ライブドアといえばAAA!CAFE、広告は上に出るだけですが、ちょっと縦に長いです。その差で負けたのかも?
 これからの時代は野球もたいへんそうです。子どもたちが少なくなって若い世代の人口も減ってきます。球場のお客さんが1万人でもやっていける方法が大事なのではないでしょうか。もともと子どもたちの外での遊びはいろんなものがあったのですが、昭和30〜40年代ころから野球などの団体球技が広まったために、遊びの種類が減ってしまったのです。野球界の将来のためにと宣伝してきた努力のたまものなのでしょうが、子どもたちにはいろんな遊びがあったほうが楽しいかも

人魚の涙

 
嬉しいときにも悲しいときにも出る涙。
(タマネギをきざむときやあくびをしたときにも出ますが)
土砂崩れの中から2歳の子が救出されたニュースにも、ちょっとうるうるしてきます。ドラマの中のみなし児がやっと食べ物にありつけて、がつがつ食べるシーンも見てるだけで涙が出ます。自分の子どものころのことを懐かしく回想するだけでも涙が出ます。なぜなんでしょう。
子どものころは痛いときや怖いときにも泣きました。そういうのを「救難信号」と見て、泣くのは弱い者であって、男は泣いてはならないという考えは、お武家さんたちが作ったのかもしれませんね。
お友だちと別れるときも悲しいけど、ずっと逢ってなかった人に逢えたときも泣くでしょう。インドでは「女の涙の歓迎挨拶」というのがあるそうで、ニュージーランドのマオリ族では、そういうとき合図があるとぴたっと泣き止むとか。日本でも泣き女(なきめ)といって葬式のときに専門に泣く役割の人がいました。
人類進化のアクア説によると、たくさん泣く動物は人間と水に住む動物だけだそうで、人間が水に住んでた名残りだとか。
少女マンガの少女のけなげでいじらしい姿にも泣けます。人は怒るときも涙が出るらしく、巨人の星の星一徹がそうでした。鳩子はそういう経験はないですけど、たぶん怒る前に悲しくなって泣いてしまってるのでしょう。
……いろんな涙がありますけど、泣きたいときはがまんせずに泣いていいんじゃないでしょうか(お化粧くずれには要注意ですけど ^^;)。

 人魚の涙
人魚の涙がこぼれおちて真珠になるお話はアンデルセンでしたっけ。ヨーロッパの広い範囲での伝説なので、日本にも伝わって今のお葬式でも真珠のネックレスが許されるのでしょう。
そのほか百科事典をみると……

--ナイル川の氾濫の水は女神イシスの涙である。
--エジプトのラー神が流した涙から人間の男女が造られた。
--兄のカウノスを慕って追いかけたビュブリスは、力尽きて倒れ、その流す涙が泉となった。(オウィディウス『転身物語』)
--罰によって人間の男性との恋しか許されなかった女神エオス、人間の寿命は短く、愛する息子メムノンに先立たれ、彼女の流す涙は朝露となって地上のすべてをぬらす。

涙をがまんしなくていいのは挫折の涙だから。なんでもがまんしなくてよいということではありませんよね。
11/1より shiromuku sn_diary を使用。

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